【旅行記】仏教聖地で悟りが?
ブッダが悟りを覚えた地、ブッダガヤを訪れました。夜着の電車で隣接するガヤ駅に付きましたが、電気は薄暗く、マイルドじゃないヤンキーがじろじろと見てきます。周辺の治安はとても悪い。ワイルドなインディア。
ブッダガヤまで小型タクシー=オートリクシャー=を乗り合いで向かいます。私はかなりふっかけられたので、他の客と連合を結び、価格を叩きました。4人の客のうち3人が連合に参加し、値段が落ちていきます。してやったり。
しかし、1人だけ連合不参加の客であるおっさんが、いきなり暴れ始めました。バックを路上に投げつけて、こうまくしたてます。
「どうして、日本人よりおれの方が払わなければいけねえんだよ、クソ!」
おっさんは1人だけ「連合」よりも高い価格を押し付けられていた。おっさんは暴れ回って30ルピーくらい安くすることに成功し、さらに「ぼくにもっと払え。そうすれば、おれがもっと払わないで済む」と客のくせに要求してきます。
がくぜんとしました。ぼくら3人と組めば、運転手に対して交渉力がついて「おいおい、運ちゃん、安くしないなら他のでいっちゃうからな。おれらはだいたいの値段はわかっているからな」とやれるはずです。
しかし、おっさんはまさかの個人プレーどころか、運賃安くしようじゃないか連合代表のぼくに刃を向けてくるじゃないですか。「囚人のジレンマ」を越える最悪パターンです。
数十円多く払えば、この馬鹿げた茶番を止めれるため払いました。インド人はサッカーとか、バスケットボールとかあらゆる集団競技で実績がありません。唯一さかんなクリケットもチームプレー必要なし。個人競技では活躍している人はたくさんいます。
個々が自分の利益「だけ」を最大化したがる傾向が強いと実感しました。個人主義者たちですね。
で、ここからまだまだ、あぶないデカ状態が続きます。ぼくが小型タクシーの露出した荷台にバックパックを載せたところ、おっさんが「それは絶対盗まれるよ」と言い、座席の方にバックパックを移してくれました。
仏教の聖地と聞いていたが、どうも穏やかじゃないぜ、そんな危ないところにこれから行くのかよ、とがっくりきました。
アメリカのデトロイト周辺を思い出しました。だれかがノックしても乗用車の窓は絶対に開けちゃいけないし、赤信号でも誰かが近寄って来たら進んだ方がいいし、バーとか酒屋にはライオンでも閉じ込めるような鉄格子がはめられている、そういう地域。
しかも、客の1人が謎の男に入れ替わって、ぼくの横の席にじっと座ってきました。こういう謎の人物が乗ってくるパターンはかなり危ない、気がしました。くそったれ。
マジでそいつと運ちゃんと闘う状況を想定しました。タクシーは田んぼの間の道を抜けていきました。午後7時過ぎ。真っ暗。何もなく、道路は穴ぼこだらけです。田んぼでファイトなら、他人の目がない状態なので、相手をやっつけるしか選択肢はないはずです。見る感じ武器は持っていなさそうなんで、殴り合いを考えました。
どうやるか?
ぼく=身長195センチ、体重65キロのひょろなが
運ちゃんと兄ちゃん=ともに160センチ強、やせ形
弱いぼくでもチャンスがありそうです。身長を生かした闘いをするには、膝蹴りしかないと思いました。飛び膝蹴りで1人のあごに膝が入れば、絶対有利が崩れたもう片方が怖じ気づくはずです。そこでもう片方にも飛び膝を入れます。そんな妄想をしていました。
さらにリスクを軽減するため、謎の人物と運ちゃんには絶えず話しかけました。答えに窮していましたが、それでもやたらと話しかけた。そうすれば「もし」悪いことしたがっていても、ちょっとやりづらくなるはずです。多分正解でしょう。
ここで運賃をめぐり争ったおっさんはスッキリしたのか、ぼくにたいし親切になりました。「あそこが入り口の門だぞ。ここらへんの農家は貧しいんだが、子どもをつくっちまうんだよな」などと話しかけてきます。
会話が交わされるようになり、乗り物の雰囲気が良くなりました。分断して統治されないですみまして、謎の兄さんも田んぼの途中の民家で降りました。
兄さんはただ、その民家に行きたかっただけかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
*あなたもブッダ(仏)になれる?
ゴータマ・シッダールタは山で数年修行したが、うまくいかず、骨と皮の状態になっていました。川のほとりで村の女性スジャータから乳粥をもらい、元気を取り戻すと菩提樹の下で悟りを開きました。
ブラフマ(梵天)が「おまえは悟ったぞ、ということはだな、悟りを知らせるのが、おまえの使命じゃないかなと思うよ」などと言ったようです(うる覚え)。
このときゴータマは35歳でした。ぼくは先月30歳になりました。ぼくもそろそろ悟りたい年頃に差し掛かっています。
ゴータマは半生をかけて人々に教える活動をしました。これが仏教です。
ブッダガヤには日本、中国など各国の寺があります。ぼくは順繰りに訪れ、悟りを開いた菩提樹がある大菩提寺を訪れました。スリランカ、チベットなどの仏僧が訪れています。チベットの仏僧は五体投地(ごたいとうち)をしています。五体すなわち両手・両膝・額を地面に投げ伏す礼拝方法です。
菩提樹は4代目らしいです。
さらに、ブッダが籠っていたとされる洞窟も訪れました。岩にはチベット、タイなどの仏僧がつけた金ぱくがあります。
周囲は乾燥した平原です。気温は40度を越えています。仏教もまた厳しい環境でで生まれた宗教だと感じました。
奥がブッダが修行した岩山です。よくあんな所で、、、
仏教のバックグラウンドが見えた気がしてまあまあ、満足です。過酷な場所から仏教が生まれたんだな、田舎の農村、その果ての山で修行して、その末に悟りを開いたんだな、と想像できます。
*さあ、来た”ボッタ”ガヤ
しかし、恒例のボッタクリが待っています。むしろ、インドでこれなしでは満足できなくなっています。日本人特有の自分のベビーフェイスを恨みます。これのせいで、ヒットレシオ(ヒット率)が異様に高まっているはずです。くそ。
ブッダが修行した山などには、日本語を話す自称ガイドにバイクで連れていってもらったため、ボッタクリプロセスから逃れるタイミングを失いました。こちとら足がないので、なんらかのボッタクリプロセスに出くわすことを覚悟しないといけないと感じました。
ブッダガヤの連中はかなりこなれている印象です。
地元の方々はブッダとスジャータとかの謎の像を建設しています。そこに連れていかれました。彼らは仏教徒ではありません。
これは、やっつけ仕事にもほどがあるぜ。
これの維持費のために、学校維持のために、寄付を下さいと要求してきます。日本人学生が寄付呼びかける体裁の手紙も見せてもらいました。字がヘタクソで誤字脱字がちらちらある。ネイティヴじゃない日本人が書いたのは明白です。末尾に「590ルピー寄付してください」と値段まで指定してあるので、これじゃバレバレじゃないか、と思い爆笑すると、ガイドや財団運営者と名乗るおっさんどもが渋い顔をしていました。
テキはずさんながらも周到な用意をしています。これの前にはガイドが日本人らしきヤツに電話して、ぼくに電話を手渡しました。なんかノリが軽すぎるおっさんが「ああ、××さんは信用していいですよ。いいヤツですよ」と伝えてきます。
ぼくは反論しました。「インドネシアにいたときに財団からカネが消えるなんてことによく出くわした。寄付よりは投資だったり、農業の技術支援とかの方が完全に有効だ。社会状況や本人らのヤル気などさまざまな条件が整わないと、開発はうまくいかない。ちょっとでも悪い条件が絡むと、水泡に帰したり泥沼になったりするので、ここでお金をあなたに渡しても意味がない」
このような理論武装と言うか、本心を語り、はねのけました。
この後はバイクが自称ガイド経営の土産屋に行きます。中年男性7人掛かりでお土産を買うよう強要されます。場所はガイドのおっさんの家です。バイク二人乗りなので逃げられませんでした。地元の焼酎が出てきまして、不注意にもちょいちょい飲んで、彼らの圧迫的セールストークを全身で感じていました。
婉曲的な表現で買うことを暗に求めてくるスタイルで、じりじりやります。決して「買え」とはいわない。2人日本語を話してきます。日本人・外国人をはめることに慣れている印象です。
ビビったのは、途中から警戒して酒を断ったんですが、一息つこうと手持ちのミネラルウォーターを飲んだら、中身が全部焼酎に入れ替えられていました。
むかつきました。「おいおい、おっさん、ばっかじゃないの、こんなことやったら相手を警戒させるだけじゃないか。こんな焼き畑農業みたいなことやってたら、誰にも相手されなくなるぞ。おれもインターネットに書いちゃうからな」と言いました。、それから指導をしました。「たぶん、ガイドとかサービスを充実させて、その分、ガイド料とかに上乗せしていく方が、長期的にはもうかるんじゃないんですか。なにしろ、ここは聖地だし」
一時間弱、ばかばかしいやり取りの後、突然、彼らも実情を話し始めました。彼らはヒンドゥー教徒であって仏教徒ではありません。それでも以前は大菩提寺の構内にみやげ屋を開いて、もうかったそうです。日本人が集団旅行した際にはガイドとともに、菩提樹の種だとか言って梅干しの種を売ったりとか、インチキなものを売りつけてうはうはでした(それをぼくに話しちゃうんだから面白い)。
しかし、大菩提寺が世界遺産になった際に構内の商店がすべて排除されました。さらに2013年に大菩薩寺で爆弾テロがあり、5人が負傷しました。これ以降、軍が寺を警備するようになり、おっさんたちのようなヤツらが入り込む隙間がなくなってしまった。さらに日本人集団旅行客も減ってしまいました。
「前のように儲かることがなくなってしまいました」。そのため、強引なハメ手で瞬間風速を高める方向にシフトしたそうです。「だから、わたしたちのためと思ってダージリンの紅茶を買ってください」
なんで、ダージリンのものを、ブッダガヤで買うのか、と爆笑していると、諦めてくれました。やっとホテルに送ってもらったんですが、ガイドが最後の決戦を挑んできました。「おまえを載せたせいでバイクが故障した」とかなんとか、カネをせびってきました。すべて却下すると「あとで怖いことになるからな」とガイドは言ってきました。これが気に食わないので、帰ろうとしていたのを捕まえ、さらに20分口論しました。
最後はこれから酒を飲みにいかないか、などと言ってきました。飲めるわけないじゃん。あなたと飲んだら、どうなるかわからないじゃないか。
早朝出発なのに、そのときすでに日はくれかけていました。この一部始終をホテルの人たちに見物されました。皆よそよそしくなりましたw
*やはり貧しい
ブッタガヤを未明、午前4時の電車で離れました。ガヤ市内では軍用の大型ジープに自動小銃を携帯した陸軍兵士4人、もう1カ所でも、中型ジープに自動小銃を携帯した陸軍兵士4人が治安を守っていました。ぼくが目で確認できる限りですので、もっと兵士が守っている可能性がある。セキュリティに軍の力を借りるってのは、かなりヤバい証拠です。
ブッタガヤのあるビハール州はインドの28州で最も貧しい州です。識字率は63.82%、貧困層は字を読めません。
ほか、
・ビハール州では地主制度が残っている。
・小作農は子供が増えれば、収入が増えると考え、子どもをたくさん作ってしまい、むしろ家計を圧迫する
・行政の腐敗がハンパない
・行政が丸ごとマフィアに乗っ取られているケースもある。トランスペアレンシーインターナショナルの2005年調査でインド最悪の腐敗度
ニティシュ・クマル首相は「正義を伴う開発(development with justice)」を掲げている。昨年には汚職疑惑のある役人576人を解職(*)。「汚職への戦争を開始した」と言われていますが、うまくいっていないようです。
日本もかつては汚職だらけでした。発展を遂げているクニは開発のある段階で汚職を押さえ込んでいくタイミングがあります。これがうまくいくと日本とかアジア四龍とかのような発展に入っていけるかもしれません。
*新しいインド、古いインド
インドはマクロで見ると、今世紀中に中国に匹敵する巨大経済ブロックになる可能性を秘めている。シリコンバレーだけでなく米国の各分野でインド移民が存在感を示している。印喬ネットワークはセカイ中に広がっている。
中間層も次第に生まれて来ている。この層はものすごい新しい感性を持ち始めているようだ。
しかし、ここで触れて来たのは古いインドだ。カースト、腐敗、貧困などが複雑に相関し、厳しい状況にとめおかれた人間がごまんといる。ここを解決しないと二つの分断された世界ができると考えられます。
インドは余りに複雑すぎて難しい。だからこそ面白い。