デジタルエコノミー研究所

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「悪い既得権」を手放したくするには山火事が必要なのか

既得権ってすごい難しい問題だ。一度利得を生み出す仕組みができれば、なんでもかんでも「既得権」と呼べる。

いい既得権と悪い既得権があると思う。

何かを変えることが必要なときに、障害となるのが「悪い既得権」だとしよう。とても幸運なことに変化の早い時代に生まれた(われわれの数世代向こうはよりアグレッシブな時代をくらしているのだろうか)。常に仕組みをゼロから作り直すことが求められる。Googleができたのは1998年、Facebookは2004年だけど、彼らは10年ちょっとで時価総額で石油会社を追い抜いているわけだ。つまり「悪い既得権」が生じやすい時代なのだ。

既得権の持ち主はすべからく、既得権の正当化に力を注いでいる。既得権を手放してもらえば、より大きな価値を生めるとき、どうやれば、それを手放してもらえるか。

それよりも魅力的な権益を渡すことだ。喜んで既得権益を手放すだろう。机の上の計算では。

しかし、人間の判断は歪んでいる。実際には何かうまいものを食べている時、人は往々にしてもっとうまいものに頭がまわらないものだ。人間の損得勘定は独特であり、さらに損得勘定とは別のさまざまな尺度を同時に複合的に使っている。

異文化の中で暮らしたインドネシアでの5年間の取材で、私は本当にそう感じた。日本人の私には理解のできない(だんだん身体で理解できるようになった)判断が人々によってくだされるのだ。

それは日本でも感じる。日本の場合は、リスクと不確実性のスコアリングがかなりマイナスに働いていると思う。リスクと不確実性が含まれているケースに直面すると、多くのプレイヤーがとても慎重な判断を下す。これは裏返すと既得権益の保持のスコアリングが高くなることを意味する。プロスペクト理論のひとつの端的な例を示していると思う。

これは、カイゼンがやめられないことにも関係していると思う。カイゼンはじわじわと足し算するイメージをもっていると思う。マイナスを生まないようにみえるし(おそらく純粋な足し算ではない)、周りは評価するし、マイナス嫌いの人からボコボコに叩かれることもない。そう、おそらく日本の組織にいる限り、カイゼンはものすごく奨励されるアプローチであり、もうそれ以外の選択肢はない、といってもいい。

つまり、組織におけるリスクと不確実性のスコアリングの基準が変動すればいいんだ。「リスクテイカーかっこいい!」という感じのマインドになればいい。でも、これって黒船が来れば日本は変わるって言っているのと変わらないのか。山火事のような生態系を一変させる出来事が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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