デジタルエコノミー研究所

”経済紙のNetflix”を作っている起業家の日記

クラウドベースのアドテクが「デジタル広告の罠」をぶっ壊せる?

DIGIDAY USはRoss Benes記者を得て、かなりアドテク界隈のカバーが強力になりました。下記の記事は春頃導入が噂されるGoogleのExchange Biddingを前に米業界は変化のなかにあることに触れています。業界人の予測が集められた、とても有用な記事です。

現状のディスプレイ広告取引においては、ダブルクリックはGoogleにのみすべてのインプレッションの確認と入札を許可し、ほかのすべてのエクスチェンジの競合を排除しています。アドサーバーの独占により極めてGoogleにとって有利な取引形態が築かれているといっていいでしょう。オークションに関しても広告主、媒体から見えない地点がたくさんあり、不透明と言っていいでしょう。しかし、Google支配力はかなりのものがあります。

これをハックするのが「ヘッダー入札」でした。昨年春に書いた記事を引用しましょう。

ヘッダー入札は「ウォーターフォール」の代替策として浮上した。ウォーターフォールとは、パブリッシャーが在庫を優先順位を付けて振り分けていく広告販売手法のことだ。媒体社はまず優先する純広告用の広告在庫を確保する。その後、それぞれのSSP/エクスチェンジが支払える広告単価(CPM)を算定し、ランク付けし、在庫を振り分ける。最初のエクスチェンジには、高価格/低数量で在庫をリリースし、次のエクスチェンジ以降は滝(ウォーターフォール)のように少しずつ価格を落とし、数量を増やして入札を繰り返す。媒体社にとっては「純広告で売れなかった在庫」を、できるだけ高価格で売り、広告収益の最大化を目指す手法だった。

 

媒体社の広告在庫取引ではGoogleが大きなファクターになる。多くのパブリッシャーはDoubleClick for Publishers(DFP)に依存しており、その在庫が取引されるDoubleClick Ad Exchange(AdX)では媒体社が設定したフロアプライス(最低落札額)付近に落札が集中しがちだという。AdXは価格調整権に関して「特権的」と言われる。

 これから「ヘッダー入札」の話をしよう:メディア収益化の新星か | DIGIDAY[日本版]

Exchange WireRomany Reagan氏の記事の以下の図がとても分かりやすいので、参照しよう。

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ウォーターフォール→ヘッダー入札→S2S

いままではウォータフォールと呼ばれる手法で、順番に並列のオークションをこなしていったが、この仕組みをとるとGoogleがとても有利になるし、遅延するし、安くなったときを見計らって買い注文を入れるなどのテクニックなどで買い叩かれるのです(ウォータフォールは現状も多数派です)。

ここで図の下部のように並列したオークションをひとまとめにしようと、ヘッダー入札が生まれました。一部のパブリッシャーは効果を享受しているようだが、前述の通り、多数のタグをヘッダーに入れるのは、ロード時間遅延というユーザーの最も嫌うものを誘発します。また幾つものアドタグをラップしたものからデマンドたちを当たるのですが、最適解を弾き出す前に広告をサーブしないといけないことがままあるそうです。

それでヘッダー入札をサーバーに持ち込んだ「サーバー・トゥ・サーバー・ソリューション (S2S)」の開発が開始されました。サーバーとサーバーが「おれは◯円で入札する」「おれは◯円だ!」などと会話して、その会話で定められた勝者が広告を挿入します。

これは特段新しい技術というわけではなく、モバイルアップのアドネットワークなどはこの方式を利用していたりするそうです。

理論上はS2Sの方が、ヘッダーにジャバスクリプトを仕込むという無茶がないので、スムーズに多数のデマンドを競合させられる=価格上昇=を引き出せるはずです。

 

What are server-to-server connections

 

The winners and losers of the server-to-server programmatic arms race - Digiday

 

 

しかし、Googleのエクスチェンジビディング以外にS2Sのベンダーが何十社も並び立ち再び分断されたオークションを作るならば、ロード時間の遅延を回避しただけで元の木阿弥です。

サーバー・トゥ・サーバーではサーバー側で「どのDemandが一番高いか」をはかりにかけて、需要の取りまとめを一社のベンダーに任せる事になりうるのですが、そのベンダーが情報の非対称性をエンジョイできる可能性は大いにあります。ベンダー間で協定が生まれれば、それこそ、建設会社の談合入札を実現する機会が生まれます。

Server-side header bidding requires teamwork in a nontransparent environment. Publishers work with one vendor to do server-to-server header bidding. Because that vendor in turn rounds up bids from all the other demand partners, they must trust the vendor to run the auctions fairly.

While code run on the browser is visible to all, what happens on the server is invisible to both the publisher and the buyers. It’s possible that auctions could be conducted in a way where one demand partner gets preference or a final look. Or data could be leaked or hidden fees be taken. And that lack of transparency makes technical glitches more difficult to fix.

 

Server-Side Header Bidding: 6 Things You Should Know

デジタル広告の罠:情報優位者は自己利益最大化を目指す

ベンダーが一部のバイヤーを優遇してリベートを受け取ったり、Double Dipというのですが、パブリッシャー(セラー)とバイヤーの双方から手数料を取ったりできます。セラーとバイヤーに異なる成約額を知らせることにより、マージンを太らせられます。これらはこのソリューションに限った話でもないですが…。

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デジタル広告売買は罠を抱えていると思います。この三角形のなかで、アドテクベンダーは売り手と買い手の双方に対して情報優位に立っているのです。合理的なプレイヤーは自己利益の最大化を目指します(他者の利益は気にかけません)。仕組みの設計は「プレイヤーがワイルドになってもうまくいく」ようにしないといけません。

最高シナリオと最悪シナリオ

昨年春にGoogleはエクスチェンジ・ビディングを発表し、「ヘッダー入札の死」を匂わせました。これに対し、ベンダー各社は類似ソリューションの開発でGoogleのエクスチェンジ・ビディングに圧力をかけています。Googleのエクスチェンジビディングが本当のオープンオークションを生み出すのが最高シナリオです。Googleが今後どんな設計を示すかが巨大なイシューになります。

たくさんの需要を、たっぷりとした時間をとり、一回のオークションで競わせることで、「適正に近い価格」をつけることができるはずです。一応名目上は、業界はそこを目指しているはずです。

最悪シナリオはサーバーサイドのソリューションとヘッダーのソリューションが併存する状況です。アドテクでは市場が効率性を著しく欠いているので、有り得ます(効率性が高ければ、いい物に高い値をつけたり、悪い物に安い値をつけたりするとされています)。そしてその結果、もっと効率性の低い市場(分断されまくったオークションたち)が生まれる、というか「市場」とも呼べない代物がうまれるかもしれません。

クラウドベースエコノミーを持ち込んで欲しい

ここからは妄想の話ですが、Amazon Web Serviceのようなビジネスモデルがアドテクベンダーに現れたらそれは巨大なゲームチェンジャーじゃないか、と思います。つまり、アドテクベンダーはマージンという形でデジタル広告売買のサプライチェーンで収益を上げていますが、クラウドベースでサービスを「利用した分だけ払う」方が、サービスへの報酬として適切なのは間違いありません。アドのサーブ、オークションをサービスとして提供してくれれば、かなり不確実性がなくなり、参加者の利益が一致する可能性が高まりそうです。

Amazonは現行のベンダーがベンダーの役割だけでなく中間取引者の役割も担ってしまっている「歪み」をつけます。

 

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技術の差はもちろん大きな差別化要因になりえますが、報酬形態のクリアさもまた大きな差別化要因になるでしょう。

 

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AWS的にマーケットシェアを重視して「利益を出さない」攻め方が可能ならば、競合の多くはこれまで極めて短期的な利益を重視してきたので、押し出していける可能性があります。ボリュームが出るとこのアプローチは儲かるはずです。デジタル広告市場はグローバルで20兆円を超えているのです。GoogleFacebookが手にしていない部分だけでも10兆円あります。