デジタルエコノミー研究所

”経済紙のNetflix”を作っている起業家の日記

アドテクは音楽が鳴っている間は、踊り続けなければならない

ヘッダー入札、ユーザーデータに関わる問題が明らかに:深刻なセキュリティ上の懸念 | DIGIDAY[日本版]

本記事筆者のRoss Benesは凄い。売り買いされたり、漏洩されたユーザーに関するデータが、あまりかっこよくないロジックで活用されるので、アドテク不信が起きる面はあるでしょう。データをそのままではスケールと質がないはずなので、他サイトでリタゲなどするなどの換金方法をとっているのでしょうか。

「多くのアドエクスチェンジはDSPに入札参加を認めているので、事実上、資金を使わずともデータを『盗聴』できてしまう」と、フリーのアドテクコンサルタント、ブラッド・ホルセンバーグ氏は指摘する。「したがって、入札パートナーが多いほど、データが顧客の手に渡り、そこからさらにリークする可能性が高くなる」。

情報源の一部がヘッダー入札で劣勢気味のアドテク企業というのも、Ross Benesの情報収集能力の凄さを物語ります。

あと日本では余り語られませんがヘッダー入札は、SSP/エクスチェンジ数社を競わせることに妙味があります。この競争を引き出すためにいくつかのヘッダータグをまとめるサービスなどもあります。1社だけだと「競争が薄い」のでディマンドは余り膨れません。

はてのない嘘つき探しの旅へようこそ

しかし、需要を増やすのを助けてくれるこのラッパーにも落とし穴があります。このラッパーを提供するベンダーに特権らしきものを渡してしまうからです(これはあくまで可能性です)。同時にこういう情報をリグできるポイントがほかにもままあるため、ステークホルダー同士が「人狼ゲーム」に陥ります。

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人狼~嘘つきは誰だ?

本文で指摘されるように透明性が極めて低い部分があるため、ステークホルダーが偽情報を出しているか、正しい情報を出しているかを判別することができません。関係者が常に不信を抱き合うように設計されており、次々に現れるソリューションもこの複雑な多者間の情報の非対称性を自分に優位に導くような形のものが多いように見受けられます。

合意できない人たち:ビザンチン将軍問題

人狼もいい例ですが、「ビザンチン将軍問題」もこのアドテクエコシステムを考えるいい問題です。

ビザンチン将軍問題 - Wikipedia

ビットコインはこの問題を、マイナーにインセンティブを渡すことで、悪意を実行する利益を小さくすることで、上手くやっています。

じゃあ、それがアドテクにできるでしょうか。

クラウドベースのアドテクが「デジタル広告の罠」をぶっ壊せる? - Smart Node

私はそうは思いません。この記事で指摘した通り、ステークホルダーには情報の非対称性をついて、嘘を混ぜるインセンティブが強烈に働くのです。一部のステークホルダーは合理的なので、このインセンティブへの反応がよろしいです。GoogleFacebook、ヤフージャパンなどのプレイヤーが寡占する市場に残されたお金をこういう形で分配しているのが現状です。

低手数料・高流動性の世界へ

ウォール街流がアドテクを効率的にする:低手数料・高流動性の取引へ | DIGIDAY[日本版]

私は解決策のひとつが、この記事で紹介した予約在庫を証券取引所的なマーケットに入れて、売買記録をセキュアに管理し、明確な手数料ビジネスに変えることだと思っています。ディスプレイ広告在庫の先物取引です。これはナスダックのブロックチェーン技術の応用を目指します。

理論上は約定額が分散型台帳に記載され、高度な暗号化により改ざん不能。約定額のような情報をA→B→Cといった「伝言ゲーム」で伝えず、改ざんできない連なった売買データが、並列にプレイヤーに示されるため、透明性が高まる。エクスチェンジの収益化はトランザクションに対する手数料でされるため、この点でも透明性が高まるだろう。

利点は理論上は(1)セントラルサーバーのない効率的な分散型トランザクション処理、(2)改ざん不能な記帳による「トラストレス」な取引―です。

現行のアドテクが下図の左の部分のように、RTBやアドネットワークの手数料が広告主が投じた最初の予算の半数に上っている。この数値はもちろん上下するが、パブリッシャーが情報劣位に立たされている場合、取り分が20〜30%まで減じるケースもあるらしい。WELQなどではこの少ない取り分から利益を弾き出すために、リライト専門ライターを極めて厳しい労働条件で活用するなどの実践をとったとみられた。収益性がコンテンツ制作を歪めることは業界の大きな問題だ。
これを下図の右のように9割以上をパブリッシャーの収益にし、取引所が数%手数料をとる方が理にかなう可能性は高い(金融業界では1%未満のレベルに圧縮されている商品がある。高頻度取引が可能なのは取引コストが極めて小さいからだ)。

ブロックチェーンも使い方次第では、全く役に立たなくなります。取引履歴をブロックチェーンに記載したとしても、その取引の前にあらゆることができるからです。誤った情報を正しくブックキーピングすると、誤った情報の連なりができます。あと、日本の業界で耳にする、一部のブロックチェーンを活用したと唄われる商品には、私はそれが「本物」かどうか自信がもてません。

エコシステムの設計自体に課題山積みですが「音楽が鳴っている間は、踊り続けなければならない」というのが、言い当て妙でしょうか。これはサブプライムローン危機時にシティグループCEOのチャック・プリンスがFTに語った言葉です。

最後に無駄に村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」を引用しておく。

「踊るんだよ」

「音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。おいらの言っていることはわかるかい?踊るんだ。踊り続けるんだ何故踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ。そんなこと考えだしたら足が停まる。一度足が停まったら、もうおいらには何ともしてあげられなくなってしまう。あんたの繋がりはもう何もなくなってしまう。永遠になくなってしまうんだよ。そうするとあんたはこっちの世界の中でしか生きていけなくなってしまう。どんどんこっちの世界に引き込まれてしまうんだ。だから足を停めちゃいけない。どれだけ馬鹿馬鹿しく思えても、そんなこと気にしちゃいけない。きちんとステップを踏んで踊り続けるんだよ。そして固まってしまったものを少しずつでもいいからほぐしていくんだよ。まだ手遅れになっていないものもあるはずだ。使えるものは全部使うんだよ。ベストを尽くすんだよ。怖がることは何もない。あんたはたしかに疲れている。疲れて、脅えている。誰にでもそういう時がある。何もかもが間違っているように感じられるんだ。だから足が停まってしまう」

 

「ダンス・ダンス・ダンス」の名言集【村上春樹研究所】

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「ダンス・ダンス・ダンス」: マイペース魔女の読書日記