2010〜2015年に私がインドネシアでやっていたこと
私は2010年から2015年の約5年間、東南アジア最大経済のインドネシアの首都ジャカルタで政治経済を担当する記者を経験しました。日々の取材だけでなく、新聞編集ソフトで誌面編集をし、最終的に誌面編集をインドネシア人スタッフに移管するなどさまざまな仕事を経験しました。現地社会に深く入り、新しい思考の極を東南アジアで獲得し、いまも持ち続けています。
当時のキャリアについて、できる限り克明に記そうと思います。
要約/サマリー
- 私は多くの在留外国人が関わりをもたないインドネシア人社会に深く入っており、そのおかげで他の外国人の記者/リサーチャーに比べて政治経済情勢のインサイトが深かった(大統領選では情勢予測で常に他社/公的機関、研究機関をリードし続けた)。
Saya menjadi 50% orang Indonesia 50%ほどインドネシア人になっていたジャカルタ時代
- 都市問題など多様なテーマに取り組みました。新聞記者は「問題」をあぶりだすのが好きですが、私は常に「問題解決」の考え方で原稿を書きました。会社にいた日本の新聞社出身の人には否定的な人もいましたが、ちゃんと自分で考えることで「化石」にならなくて済んだと思っています。
インドネシア2年目の若かりしころ、北スラウェシ・マナド島にて
政治経済
政治担当記者だが、経済分野も深く関与。マクロ経済、金融は得意だった。
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2013/1 日イ首脳会談「戦略的利益を共有 アジア重視の安倍首相 ユドヨノ大統領と会談(2013年01月19日)」
- 2013.5[民主化15年特集]「揺れる民主化」企画・編集。98年以降の民主化以降も混乱が続く政治情勢の中で、安定していた開発独裁時代を回顧する傾向に調査(第1回「スハルト懐かしむ」)。平均年齢27歳(当時)の若い人口動態により民主化時代しか知らない世代が台頭していることを追った(第2回「若者社会 スハルト知らない新世代」)。植民地時代から連綿と続く汚職カルチャーと汚職により高まる民主主義のコストに焦点を合わせた(第2部第1回「汚職 せめぎ合う腐敗と撲滅」)
国会前で開かれた、燃料値上げに反対する大規模デモ。デモ隊の乗用車に乗せてもらった。2013年1月。
ASEAN/APEC取材
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2013/10 APEC/ASEAN首脳会合取材。TPPをめぐる各国との折衝、国内調整に関して日本政府・APECを取材(「「大筋合意」正念場 分野、関税撤廃で難航 TPP閣僚会合終える 甘利TPP相「年内妥結共有」)。南シナ海問題では中国の突出を米国、日本、インドなどを問題に引き込むことで勢力均衡策をとるASEANの状況を取材(「主役」中国が矢面に 南シナ海問題で 投資・貿易で補填狙う ASEAN関連首脳会議開幕」 (2013年10月10日))
2014年インドネシア大統領選
Joko Widodo、Prabowo Subiantoの両陣営に選挙戦当初から取材を続けた。初代大統領スカルノや知識層の流れを組む民主派と、第2代大統領スハルトの流れを含む開発独裁派の対決構造を早い段階からキャッチ。開発独裁派の石油輸入に絡む汚職疑惑をめぐるスクープ記事を執筆。
- トリッキーなインドネシアの選挙制度を概説。【よく分かるインドネシア選挙特集】 改革と懐古の分かれ道(2014年01月06日)
主要4党でも過半にたどり着かない多党乱立のインドネシア政治(Via Jakarta Shimbun/Adam)
- テレビ局保有者が政党党首を兼ねる特殊な政治状況。政党のブランディングに過剰利用されるテレビ(政党CM規制知らず 「テレビ局持ち」に有利 選挙資金肥大、汚職の温床も (2014年01月27日))
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政党助成金に異論噴出 NGO「総選挙前の駆け込み補充」 立会人費用?説明責任は?(2014年02月01日)
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金権選挙しない、12党誓う 激動の3週間に突入(2014年03月17日)
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1村10億ルピアバラマキ 村落法を選挙利用 7万2944村 各政党(2014年03月27日)
当時のユドヨノ政権が選挙前に行った典型的なバラマキの解説図(Via Jakarta Shimbun/Rizki)
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ジョコウィ口撃にかじ 「メガの操り人形」「約束破り」 プラボウォ氏 (2014年04月03日)
- 人気のジョコウィ候補を支持するが、母体の闘争民主党は支持しない「ジョコウィ・イエス、闘争民主党・ノー」というネガティブキャンペーンをいち早く察知。後に奏功したことがわかった(2014年5月)
- 4月の議会選は多党分立傾向。
■大統領選に絡む宗教問題
インドネシアはムスリムマジョリティだが、イスラムのあり方は多様だ。大統領選挙ではムスリムの各勢力とプロテスタント、カトリックなどの宗教に関して激しい中傷合戦が行われた。特に重要だったのがジョコ・ウィドド氏の出自を華人とし、キリスト教徒と虚偽の情報流すタブロイド「オボールラクヤット」だった(2016年米大統領戦の偽ニュースに似ています)。
大統領候補(当時)のジョコ・ウィドド・ジャカルタ特別州知事、西ジャワ州カラワンにて2014年5月
- 最大民族ジャワ人のイスラム教総本山がある東ジャワ州でプサントレン(イスラム寄宿舎)を訪問、宿泊して取材した。同選挙でプサントレンに対して浴びせられた宗教差別キャンペーンの裏側を報じた(「東ジャワ州大統領選挙情勢(上)キアイの支持争奪戦 票田揺さぶる中傷タブロイド」(2014年07月01日))
- ひとつの地域をミニチュアのようにして調査するだけで、2億5000万人の国の多様性を解明した。「東ジャワ州大統領選挙情勢(下)個人の自立か、キアイの権威か からまるメディア、多様化する投票、土着の論理」(2014年07月01日)
■投票とその後の長いせめぎ合い
勝利宣言したジョコウィとカラ2014年7月22日、南ジャカルタ・クバグサンのメガワティ元大統領私邸
- 6.3ポイント差 公式発表 ジョコウィ氏勝利確定 プラボウォ氏事実上「敗北宣言」(2014年07月23日)
- 「大統領選振り返る 担当記者報告」(2014年07月14日)。「スハルト時代は故スハルト大統領の取り巻きが利権を分け合った。スハルト一族の不正蓄財は国連機関推計150億~350億ドル。それが1998年以降の民主化時代では、選挙の勝者に利権が「開かれた」。
■メディア執筆
- 2014.7.22 『週刊エコノミスト』13,14,15P「ジョコ・ウィドド氏が勝利宣言、真の民主政時代の到来か」
- 2014.11.4『週刊エコノミスト』「インドネシアは目覚めるか 新大統領が抱える5つの課題」
「石油マフィア」報道
2014.9 国家予算に莫大な負担を負わせた、低質石油の価格をシンガポールの取引所で嵩上げして国営企業に買い取らせ、最終的に補助金で嵩上げ分を補填する汚職スキームの全容を明らかにした。この汚職スキームに関する報道は海外メディアでは初めて。現地日系社会にも大きな影響を与えた。大統領選挙の背景にある利権争いのなかでも中核的なもので、ジョコウィ政権成立後これらはおおむね排除された(2017/1/7時点)。
■ガソリン補助金
ジョコウィ新大統領(2014年〜)の伝記
ジョコウィ大統領の生涯を振り返るシリーズ。ジョコウィ氏の地元に出向き、50万都市の市長、1000万都市の州知事の軌跡を再現した。
- 【ジョコウィ物語】(12)政治へのいざない 市長選、実業界が推す | じゃかるた新聞 インドネシアの日刊邦字新聞
- 【ジョコウィ物語】(13) 風雲児、市庁舎に来る 接戦しのぎ当選 | じゃかるた新聞 インドネシアの日刊邦字新聞
- 【ジョコウィ物語】(14)不明朗さと断固闘う 行政改革に着手 | じゃかるた新聞 インドネシアの日刊邦字新聞
- 【ジョコウィ物語】(15) 露天商移転に切り込む 解決策は「ゾーニング」 | じゃかるた新聞 インドネシアの日刊邦字新聞
- 【ジョコウィ物語】(16)移転の壁を越えた 露店商の利を増やす | じゃかるた新聞 インドネシアの日刊邦字新聞
- 【ジョコウィ物語】(17) 追風受け街づくり 9割得票し再選 | じゃかるた新聞 インドネシアの日刊邦字新聞
- 【ジョコウィ物語】(18)ソロが生んだ国民車 中央への新たな「名刺」 | じゃかるた新聞 インドネシアの日刊邦字新聞
- 【ジョコウィ物語】(19) 当選、政治にうねり 個人が政党連合倒す | じゃかるた新聞 インドネシアの日刊邦字新聞
- 【ジョコウィ物語】(20)千万首都に悪戦苦闘 支持がうなぎ登り | じゃかるた新聞 インドネシアの日刊邦字新聞
- 【ジョコウィ物語】(21) いばらの道抜ける 大統領選、僅差で制す | じゃかるた新聞 インドネシアの日刊邦字新聞
ジャカルタの都市問題
グレーゾーン居住状態の集落での火災を取材したことをきっかけに、貧困、人口流入、洪水、インフラなどの都市問題を調査し、解決策を探った。こちらのリンク→SlideShare「ジャカルタフォーカス」から紙面で見られます。
■貧困問題
グレーゾーン居住の住民が移転への反対集会を開いた。取材しているの(奥)が地元通信社の写真に写り込んだ。アンタラ通信撮影。
- プルイット公園が完成 市民の憩いの場に 北ジャカルタ 大洪水と立ち退きの跡地 (2013年08月19日)
- 「流入と密集の首都「スラム」再生計画」 (2013年08月27日)
- 水没した墓の上にたった集落、西ジャカルタ・カプック 地盤沈下の波[上](2013年08月29日)
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ジャカルタの深刻な大気汚染。後に石油輸入汚職で、低品質石油を輸入していることが要因のひとつとわかる。【ジャカルタ・フォーカス】胸が苦しい、排気ガスの街 深刻度増す大気汚染(2014年05月31日)
■「闇市」タナアバンとプレマン(ヤクザ)
インドネシアでは政治にも公然とプレマン(ヤクザ)が関与している。ヤクザは強烈な集票マシーンであり、さらに各種のビジネスで強い影響力をもっている。そのためプレマン方面の取材を強くしていた。高校の先輩である佐藤優氏がロシア情勢を知るためにマフィアへも情報網を広げていたことに影響された(佐藤氏の著書に詳しい)。
- 「闇市」撤去の始まり。【ジャカルタ・フォーカス】「公と路上のルールぶつかる タナアバンの露店撤去」(2013年07月26日)
- 露天商と「ショバ代」で潤うプレマン(ヤクザ)、汚職で潤う州政府のトライアングルの崩壊を取材「【変わるタナアバン】(上)「元露天商、路上への郷愁も」 (2013年09月05日)。並行して進む大型再開発プロジェクト、利権事情を調査「 【変わるタナアバン】(中)「再開発、目覚める」(2013年09月06日)」
- インドネシアの「上野の闇市」であるタナアバンを調査。地元ヤクザ(プレマン)のボスのバン・ウチュ氏に独占インタビュー(【変わるタナアバン】(下)「山羊売りから王様へ バン・ウチュ」2013年09月07日)
「子どもは16人、孫は30人いる」と話すバン・ウチュ。インタビュー序盤は怒り始め、一触即発。ヤクザの子分たちがピリピリしていた。
- このバン・ウチュのシマである線路上赤線の撤去を取材。公権力が非公式権力に勝った「近代的瞬間」だった。【ジャカルタ・フォーカス】「線路横売春の終わり 中央ジャカルタ・タナアバン」(2014年08月09日)
- 地元マフィアが管理し、警察・国軍・政治家などの資金源になっていると言われるプロスティテューションの状況を取材。かなり危なかった。経済学では大麻などを合法化し、課税、管理した方が利用を抑制し、マフィアへの資金還流を防げると主張されている。売春に関してもグレーから合法化して管理した方が抑制できると主張した(かなり反発を受けたが、合理的に考えるとそうなる)。【ジャカルタFOCUS】劣悪な売春現場働く女たちの声なき声 「捨てられた街」で生きる 合法化政策も必要か (2014年08月11日)
- 違法賭博の闘鶏場を潜入取材。
地元の盟主のはからいで見学。闘いはじめてから皆がベットする方式だった。
ジャカルタのヤクザの主要な出身地であるケイ島を訪問。エメラルドグリーンの天国だった。
■洪水集落・移転
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毎年水位7メートルの洪水に見舞われる「洪水集落」カンプンプロ(Kampung Pulo) の移転問題を追った。住民のインタビューを基に、地方からの急激な人口流入が堤防内に住居を造らざるを得ない低所得者層の集落を生んだことを明らかにした(「洪水村」カンプンプロ」2013年12月02日)。
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通常なら集合住宅(団地)に移転することに賛成しそうな住民は、政府への不信感や既得権意識から抵抗を感じていることを明らかにした(「洪水村の移転(上)」2013年03月28日、「洪水村の移転(下)」2013年03月30日)。
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洪水後の復興状況を現場に張り付いてルポ(「壊れた家、後始末に出費大 洪水村カンプンプロルポ」(2014年02月06日))
- 【ジャカルタフォーカス】もろい交通こたえる 郊外団地で孤立、失業(2014年05月26日)
- 流入者による都市人口爆発。集合住宅(団地)整備プロジェクト。北部のプルイットの団地では、低所得者層が初めてガスを利用したり、銀行口座をもてたりする政策を取材。団地の住居を改造して店舗にしたり、共有部分に洗濯を干したりと柔軟な利用方法を取材(「暮らしは住まいから変わる。カンプン化する団地」(2014年11月10日)
洪水になると半身水に浸かって逃げ出さないといけない
洪水で損壊した家屋の後で記念撮影するカンプンプロの子どもたち
よく首都ジャカルタは冠水した。2013年1月の首都大洪水。
以上、こんな感じですが、手元の資料をあたると、もっとたくさんのことをやっています。あと当時オフレコだったもので、時効が来ているものもたくさんありますが、ニーズがあれば出そうと思います。
当時は岩波から本を出している、とある関西の大学のインドネシア研究者から大統領選のインサイトを出典なしで丸パクリされたり、あるコンサルタントのプレゼン聞いたら、全部ぼくが書いた内容をそのままなぞっていたり、とこういう知的産業で横行するインモラルに驚きました。引用元を出してほしいです。とにかく、いまさらですが、こういう形にまとめて一段落つけました。
最近もインドネシア関連でこういう記事書いてますので、ぜひご一読をお願いします。
*文中の写真の撮影はアンアラ通信表記以外のものは吉田拓史による。