デジタルエコノミー研究所

”経済紙のNetflix”を作っている起業家の日記

ビジネスとして成立しなければいけない―—私が新興国援助の現場で感じたこと

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この村は池の上に浮かんでいます。 周りにある水草の下は水深数メートルの池になっています。水草は強固で上に立てるらしいのですが、村への唯一の入り口は、真ん中のコンクリの道です。

遠くから撮った写真がわかりやすいでしょうか。写真中心部が集落です。

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一応貯まった水を排水するポンプ車がいますが、長らく稼働を止めていました。現地に住んだ人ならわかると思いますが、よくあることです。

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不幸なことに、この池の下には墓がありました。墓は地盤沈下の後に周囲の排水やあるいは海水が流れ込んで出来上がりました。住民たちへの取材によると、周囲の建物はかさ上げを繰り返しそれは数メートルのレベルに達しています。 墓であるその土地はかさ上げが事実上不可能です。 しかもイスラム教徒の墓なので土葬です。

集落は海から数百メートルの近さで、海抜よりも土地が低い。 ジャカルタ地盤沈下は極めて深刻であり、特に沿岸部は数年後に海の下に沈んでしまう可能性が指摘されています。

なかにはむしろ攻めに出て、沖合に巨大防潮堤と埋立地を作ろうというチャレンジングな「グレートガルーダ案」まで出ていました。

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建築事務所「クーパー・コンパグノン」が作成した「グレートガルーダ」のイラスト

墓が水の下に沈んだ後、人々が移り住みました。地方からの移住者。インドネシアは2億5000万人の人口をもつ大国ですが、経済は4000万人程度のジャカルタ都市圏に集中しています。毎年あふれんばかりの移住者が退去して押し寄せますが、お金やコネがない人々が住むスペースは残っていないのです。だから墓の上の池にも人が移り住みます。

こういう移住者は法的に規定されない「インフォーマルセクター労働」(開発途上国にみられる経済活動において公式に記録されない経済部門)に依存しており、収入は最低賃金を大きく下回ります。

下のおじさんは、たくましいことに村の回りの水草を切って、キロ約3000ルピア(約25円)で販売しています。弾力のある食材になるそうです。毎日10キロ売っても250円の程度の収入。物価の高いジャカルタでは話にならないので、ほかの日雇い仕事もやっていると語っていました。

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しかも、ジャカルタ都市圏はインフラが整備される前に、経済ブームが来て地価の高騰が始まっています。都市のさまざまな集落が地上げの対象になっていまして、興味深い火事が頻発します。

時価のデータを参照しようと思ったのですが、統計局のデータを四半期ごとにめくって折れ線グラフをつくらないといけません。ここは端折りましょう。

それから安全な水を手に入れるのが大変です。ジャカルタは上下水ともに整備されていません。そのため多くの家庭、産業が地下水の汲み上げに頼っています。特に郊外の工業団地での水の汲み上げ量は相当なものだと言われています。

案内してくれた隣組長(インドネシアは日本が占領時に設定した行政区分を採用している)は池の底に管を通して、水を汲み上げていると話していました(下)。池の底は土葬の墓なので、ぞっとします。

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さらにその水を煮沸して瓶に保存し、飲料水にしているといいました。

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このおじさんのような方法をとらない浄水の入手方法がいくつかあります。ひとつは簡易な濾過装置による洗浄です。あとは山間部からタンクローリーで運ばれてくる水を買うことで、これが以外に一般的です。この水もタンクローリー直で買えるのはちょいアッパーミドルな人たちです。タンクローリーで運ばれた水が、分割されてボトル売りされるのです。1つのボトルあたり5000ルピア(約43円)程度だったと記憶しています。マイクロエコノミーはいたるところに存在するのです。興味深いですね。

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このような「インフォーマル集落」では登記されていない場所に家屋を建てて、それを貸す人たちがいます。この人たちはプレマン(チンピラ、ヤクザ)と呼ばれています。インドネシアは日本の70年代くらいの時代感でしょうか。プレマンのような組織は政治にも開発にも関与します。まだ政府と政府ではないものの境目があいまいな世界なのです。

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別件の土地紛争でとあるいわくつき財団を代表して土地占拠をするプレマン。極めてフレンドリーだった。

プレマンは賃料を得る代わりに地方政府や治安当局を牽制して、 収入源である住宅を守ります。住民とプレマンは安価な住居と賃料を互いに補い合う、抜き差しならぬ関係になりやすいです。ただ概ねプレマンは次第に様々な利権を生み出し、人々から搾り取る存在になることが往々にしてあります。ココらへんを上手くやるプレマンは慕われますし、なかには企業家や政治家になる人もいます。ただし、場合によっては危険な薬物の取引を始めたり、売春を持ち込んだりするプレマンもいます。

村は毎年沈下を続けているそうで、沈んだ家屋の上に新しい家屋を立てている。かなり汚い水の上に住居があり、住民の健康状態に悪い影響を及ぼす可能性があります。

この村に必要なのは移住だ。

援助の難しさ

この村は多量の援助を受けていましたが、その援助のほとんどがあまり役に立っていない印象です。このような援助を行うNGO / NPO などは、現地の状況をあまり真剣に調べないケースがインドネシアでは多いように感じられました。しかし、貧困世帯の生活扶助、教育無料化などが約立たないとは思いません。支援された側が必ずしも状況を活かせるわけではないが、マスでは効果は出ているというリサーチ内容もあります。

NGO / NPOモノによってはポリティカルリレイティッドです。私の取材相手だったプレマンは警備会社、右翼団体、環境保護団体の名刺を使い分けていました。彼は戦後上野のような街の有名なプレマン組織に所属しているのにもかかわらず、有名環境保護団体の幹部としてテレビに出ていて、それを観たときは顎が外れそうになりました。ガソリン価格を値上げする法案を国会が審議しているときは、ガソリン消費の拡大が環境破壊するというデモを起こしました。彼は2007年に当選した都知事と、都知事を担いだ政党の熱心な支持者でした。彼の同僚は警察官かつ警備会社幹部であり、富裕層を相手にした売春の斡旋にも関わっているようでした。

もちろんこれは極端な例かもしれませんが、上述の環境団体は日系企業を含む他国製企業の環境系CSRにも関与する例はたくさんあったと感じています。

とにかく、援助では企業や国際機関→NPO / NGOという「商流」が決まっています。富裕国から来たエスタブリッシュメントは予算を消化することを重視してます。援助案件を最後までトラックしたりインプリメントすることは面倒でかなわないのです。なかには予算の大半の所在が分からなくなることもあります。

援助を決定する統計、リサーチの危うさ

私のジャカルタ時代のオフィスの隣は発展途上国の開発推し進める国際組織だったが、彼らは毎日スターバックスを飲み、ホテルでのディナーを好んでいます。地元社会には興味が薄い方が多い印象です。この人たちはインドネシアには清潔な水が必要だというレポートをまとめ、いくつかの集落でその設備を渡す式典をやりますが、全て現地スタッフ任せで、現場は知りません。

新興国では情報が偏在しているので、公式統計が余り信用できません。中国のGDPをめぐってかわされた議論を思い浮かべてください。なので彼らがまとめた統計を基にしたアナリティクスは、バックグラウンドを読める玄人から見ると生ぬるいのです。ただ、とても説得力のある国際機関なので、私は自分の調べた内容を裏付けたいときは、ばんばんその統計やレポートを利用していました。

興味深いことに、これが日本の金融機関や商社系の研究所の資料になっている頃にはフィクションになっています。一度日本の大手出版社の人に、日本の研究機関のリサーチが基にしているイ国家予算の解釈が誤っていると伝える(研究員はインドネシア財務省を取材していた)と、相手はかなり機嫌を損ねていました。ペーペーだと思っている若者が自分たちが信じる世界観に疑問を呈しているからでしょう。

ぼくは馬鹿にしたいのではなく、情報は偏在しているということを伝えたいのです。統計はザラザラで粒度は合っていません。その数字が作られるに至る要因たちを推測し、重み付けするアルゴリズムを鍛えないといけないのです。これは分析というよりはハスラーの世界であり、ハスラーの才能と素晴らしいビジョンが重なったときに面白いものができると思うのです。

 溶けた援助

このまちに必要なのは移転です。しかし、多額の援助が注ぎ込まれ、住民に留まる理由を与えています。

1.電気と電灯

まず援助はこの村に電気と電灯を与えました。

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2.ウナギ養殖施設

英系銀行はウナギの養殖施設を与えました。輸出食材のウナギから得られる住民の生活費の糧になるとのことですが、隣組長は、うなぎの養殖に失敗を繰り返しているうちに、住民が興味をなくしてしまった、と話しています。取材当時設備は使われていませんでした。

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3.コンクリート歩道

村々の住宅は木橋でつながれていました。大雨が降ると壊れてしまうそうです。

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これを大量のコンクリートを、墓のある底まで埋めて、舗装道路にしました。冒頭のむらに続くコンクリートの道もこの供与によってされました。

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このコンクリ道路を供与した鉱山開発会社の慈善団体の残したボード。鉱山会社はパプアにある世界最大級の銅鉱山を採掘しています。

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4.貯水タンクとポンプ

住宅の近くに貯水タンクとそれを各住居に送るポンプをつくりました。水は先述した通りタンクローリーから購入します。写真はありませんが、村はシャワー場も供与されており、ここの水が利用されていました。村では清潔な水でシャワーや水浴びができないからです。しかし、ポンプが故障しておりこの設備は死んでいました。水の来ないシャワー設備も同様です。

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焼け焦げたあとのあるポンプ。かなり長期間の間動いていない様子だ。

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繰り返しますが、この援助は、移住が必要なアプン村に対し、要らない供与をして住民が留まる理由をつくってしまいました。序盤に登場した隣組長は援助にハマっているらしく「次は学校を建ててもらおう」と話していました。取材はまる2日行い、ほかの住民ともたくさん話しましたが「いい場所があって、いい条件があるなら移りたい」と行っていましたが、強制撤去を恐れていて、そうなるならグレーなままでもとどまり続けたいと語っていました。

この一例をとって「途上国援助はダメだ」という気はもちろんありません。意義のある援助はあるし、効果が目に見えづらい援助もあります。援助の効果の判定は、計量的に行わないといけません。ただし、援助を行う側のノウハウ不足を感じざるを得ない面は多々ありました。予算があったり、そういうアクティビティが義務付けられているからやるという側面が強いように感じられました。

結論:ビジネスとして成立していないといけない

この経験を通じてぼくが強い実感を覚えたのが、「ビジネスとして成立していないといけない」ということでした。援助は援助側の論理だけで行われても、それがそこにいる人間とそれを囲む環境の中に入り、ビジネスとして動かない限り、長期的に役に立たないのです。つまり、「援助」ではなく「投資」が必要なんだと思いました。

例えば、アプン村の中から有望そうな子どもを見つけて、その子どもを留学させて、雇用を作れる人間にしていくことは有用だと思います。あるいは、コネクティビティ(ネット接続)を村にも到達させ、スマートフォンと無料のデータ通信を渡す。特に学習や問題解決に使われる利用法を促していけば、住民が賢くなり、やがて村をでるためのさまざまな方策をとれるようになるかもしれません。

私は自分自身に対して投資をしていくことを続けていますし、ビジョンの面白い、スキルを高めていく人間に投資していきたいと思っています。「ビジネスとして成立」させるのは人間のソフト資産であり、それは学習や教育によって培われるものです。だから、人の学習に資するメディアに関わっているわけで、近い将来には学習や教育の分野でも面白いことをしたいと思っています。

アジアやアフリカの低所得者層の住処から、あっと驚く天才を輩出してみたいと思います。そうすれば、いまある援助はそのまま投資に変わるはずだからです。

参考文献

【ジャカルタ・フォーカス】墓は沈み、村が浮かんだ 西ジャカルタ・カプック 地盤沈下の波[上] | じゃかるた新聞 インドネシアの日刊邦字新聞