デジタルエコノミー研究所

”経済紙のNetflix”を作っている起業家の日記

#1 ストックオプション スタートアップ起業家が資金調達前に調べてみた

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Via "Silicon Valley", HBO,

僕は起業家として従業員を増やそうとしています。そのときに通常の福利厚生に加えてストックオプション(SO)を設計することにしました。しかしSOの理解には掘り進めていくととても深い専門知識が必要なことがわかりました。僕は創業当初の大事な時期に何度も行ったり来たりすることになりました。学習を進めるうちにブログを書いた方が学習が簡単だと思いました。後々社内文書等を整備するときに活用しようという目論見もあります。

このブログは完璧ではありませんが、スタートアップの起業家や参画者の方の「はじめの一歩」になるようには努力しました。Webにある断片化された知識群(ポジショントーク混ざり)をパズルに組み合わせるよりは、このポストの末尾にある「参考になった書籍、記事」を読んだほうが早いと思います。ここに書いてあることを実行する際は法律家等の専門家とよく話し合うことを推奨します。

想定読者

  • スタートアップ経営者
  • スタートアップ役職員
  • このふたつのいずれかになりたい人

SOとは?

SOは「会社の株を、将来、過去に設定された価格で購入できる権利」です。行使価格と譲渡価格の差分が付与された人の利益になります。「ストックオプション税制のご案内」(経済産業省)では以下のように説明されています。

ストックオプション制度とは、会社が取締役や従業員に対して、あらかじめ定められた価額(権利行使価額)で会社の株式を取得することのできる権利を付与し、取締役や従業員は将来、株価が上昇した時点で権利行使を行い、会社の株式を取得し、売却することにより、株価上昇分の報酬が得られるという一種の報酬制度を指します。報酬額が企業の業績向上による株価の上昇と直接連動することから、権利を付与された取締役や従業員の株価に対する意識は高まり、業績向上のインセンティブとなります。

オプションとは金融派生商品の一種です。オプションという言葉は英語で選択権という意味です(和製英語だと付随するものの意味合いがありますね)。金融業界では、ある商品(為替、株式、債券)を将来の一定期日に、あるいは一定期間内に特定の価格で買う、または売ることができる権利の売買をオプション取引と呼んでいます。「ストック(株式)」の「オプション(選択権、この場合は予約権の方が正確です)」ということでストックオプションなのです。

ストックオプション制度においては、役職員の増加の都度、新たなストックオプションを発行しなければいけません。また発行したストックオプションの内容変更・消却・行使等があった際にも変更登記等の手続を行う必要があります。管理コストもかなりの負担となるため、スタートアップ・ベンチャー企業においてストックオプションの管理が不十分であるケースも少なくないようです。先輩たちが踏んだバグをめぐっては、後進はそれを検証し、二度とバグを踏まないようにしたいですね。

SOが打ち出の小槌であるかというとそうではなく、さまざまなコーナーケースがあります。それは後で触れるとしましょう。

入り口としては『起業のファイナンス 増補改訂版』ストックオプションの章がわかりやすいです。ブログで読みたい場合は、FincのSOを検討した記事の「1.ストックオプションとはどのようなインセンティブか」がわかりやすかったです。もっと砕けた説明から入りたい方は「スタートアップと株の話」がおすすめです

行使条件

ストックオプションを行使して株を取得するための、 行使条件を設定することがあります。ストックオプション保有者は、この条件を満たしてはじめて、権利を行使して株を予定価格で得ることができます。

典型的な行使条件としては「会社が上場すること」が挙げられます。会社が成長しストックオプションが十分魅力的な場合、起業家側は上場を行使条件にすると、より上場への誘因を駆り立てることができそうです。

ただ、日本でもシリコンバレーと同じように段階的な行使可能割合の拡大であるベスティングの条件を盛り込む例が出てきました。行使条件を満たすため上場するまで会社に留まることを事実上強制するのはあまり好ましくない気がします。スタートアップには出会いもあれば別れもあるので、別れた人にも合理的な範疇での報酬が設定されている必要を私は感じています。

調整条項

株式の分割又は併合が生じた場合に、その比率に応じて目的株数及び行使価額を増減させる内容が典型的なケースです。また、ダウンラウンドが生じた場合に株式時価の低下割合を一定の加重平均方式の計算式により算定して、その割合で行使価額を引き下げ調整する調整条項も一般的とのことです。ダウンラウンド調整の計算式において株式の「時価」にしっかりとした定義がないと紛争の大元になりうるようです。上場前の「時価」は「調整前の行使価額」を意味し、上場後の「時価」は、直近一定期間の終値平均を意味するというふうに調整計算式における「時価」を明確に定義する必要があります。

発行手続

  1. 取締役会 / 株主総会招集、議案(ストックオプション内容)確定
  2. 株主総会招集通知発送
  3. 株主総会決議(特別決議)
  4. 申込をしようとする者に対する通知・申込
  5. 割当の決定・通知
  6. 変更の登記申請

全株主が株主総会の招集手続の省略に同意し、かつ総数引受契約を締結すれば、2、4、5の手続を省略できます。

課税と種類

ここでは以下のように分類します。

  • 税制非適格無償SO
  • 税制適格無償SO
  • 有償SO
  • 信託SO

税について留意しなければいけません。SOがインセンティブとしてワークするためには利益への課税が一定の割合である必要があります。ストックオプションは原則として、権利を行使した時点で行使時の時価が権利行使価額を上回っている部分について給与所得として課税され、また当該株式を売却した時点で、譲渡価額と権利行使時の時価との差額部分について譲渡所得として課税がされます。

  • 税制適格として取り扱われると、株式売却時にキャピタルゲイン税(譲渡税)が課されます。税率は20%であり、低い税率で課税関係が終了します。
  • 他方、税制適格でない場合には、権利行使時に所得税が課され、株式売却時にもキャピタルゲイン課税がされます。役員や従業員の場合には、所得税・住民税の税率は最高で55%に達します。
  • ゆえにストックオプションを発行するときには、税制適格をみたすように設計する必要があります。
  • 税制適格は、行使期間や行使価格の年間合計額に制限があります。ただ一般の役員や従業員ならば、無理なくストックオプションを設計することができます(仮に税制適格を満たせなくなると想定されるときは、補完的な枠組みか、まったく別の枠組みを活用するべきです)。

無償SOでは税制適格か否かの面への留意が必要です。有償SOの場合は付与者がエクイティを購入し後に売却するという形式をとり譲渡税(20%)の適用となります。信託SOは企業価値を「冷凍保存」するような効果があります。スタートアップが利益規模などが大きくなった後に割当先を決め、貢献度の高い役員・社員に大きく報いる方式です。最近採用が拡大しており、特に昨年の機械学習スタートアップPKSHAのIPOで注目を浴びました。

このKazy Hataさんの『スタートアップのStockOption、特に税制周りについて』の記事にとても有用なテーブルがあるので参照をお薦めします。では、順番に説明していきましょう。

税制非適格無償SO

最大で給与課税55%、譲渡課税20%が課せられてしまいます。スタートアップでは活用することがないため、あなたは調べる必要がありません。あなたができるかぎり大量の税金を払いたい場合はかなり有用そうな印象があります。

税制適格無償SO

創業当初に無償SOを付与することがあると思います。そこには「2年間は行使できない」条項が盛り込まれることが多いと言います。国税は2年以内の行使を給与課税とする可能性が高いからです(税制適格ではなくなります)。このため後に説明するベスティングを盛り込む場合には、就業1年目から付与するものの行使は2年経過まで待たないと大損するということを創業期参加の従業員に説明する必要があります。おそらく信頼関係を基にしてレールに乗せてあげるほうがいいでしょう。

行使時期が付与から2〜10年であれば税制適格キープされます。税制適格要件としては、前出の「ストックオプション税制のご案内」(経済産業省)](http://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/stock_option/index.html)では以下のように説明されています(抜粋)。

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この「2年間は行使できない」条項は、行使期間中における従業員の権利行使可能数を段階的に引き上げるベスティング(後述)とぶつかるはずなので、例えば2年以降から50%行使可能、在籍3年75%、在籍4年100%が行使可能と設計するべきと勝手に想定しています。

行使価格を「新株予約権発行の取締役会決議日の前日の終値」とした場合でも「取締役会決議日以後速やかに付与契約が締結される場合には、税制適格ストックオプションとして取り扱って差し支えない」(国税コメント)とされています。

非常に重要なコーナーケースが「税制適格SOの発行から2年以内のM&Aでの行使」です。この場合、国税庁の見解がわからないみたいんです(このブログからのまた聞きです)。

AZX法律事務所のブログでは以下のように説明されています。これは法律家に助言を仰いだ方がいいと思います。またコメント頂けるようであればぜひお願いします。

将来のM&Aの可能性を踏まえて、上記(2)①の行使制限の2年間の間でもM&Aの場合には行使できるようにしたいという要請を受けることがあるが、このような形にしてしまうと税制適格とならなくなってしまうリスクがあるので注意が必要である。

「行使価格が年間1200万円を超えない」との条件があるので、ビッグプレイヤーと取引するときは後述の有償SOか生株の譲渡をしないといけないと想定しています。スタートアップがメルカリ並の成長を遂げたときは、行使価格が年間1200万円を超える人が出てくるでしょう。そういう人には次の有償SOで予約権を買ってもらう必要性が生じるはずです。

有償SO

有償SOとは、従来型のSOのように職務執行の報酬として付与されるものではなく、公正価値による新株予約権の発行価格を金銭で払い込むことにより新株予約権を購入するもので、付与対象者が発行会社の新株予約権に対して投資を行うスキームです。従来の無償SOのように会社から付与されたものを受動的に受け取るのではなく、付与対象者が自らの判断で能動的に投資することになります。

有償SOは、公正価値による新株予約権の発行価格を金銭で払い込むことにより新株予約権を取得する投資スキームであり、報酬として発行するSOではないため、会社法上の取締役が付与対象者となる場合でも株主総会による報酬決議は不要です。すなわち、有償SOは、取締役会決議のみで機動的に発行することができます。

SOを取得した役職員は、設定された業績や株価に関する目標を達成すると、株価上昇分の利益を得ることができるため、業績・株価に関する意識づけおよびその目標達成への動機づけ効果は、通常の無償型ストック・オプションよりも高いものが期待できるという考えられます。

信託型SO

信託活用型SOとは、発行時点の比較的安価な行使価額の新株予約権を、将来に渡って配布することができるスキームです。付与対象者および付与規模を『後決め』することができる点が特徴です。個人のパフォーマンスを考慮した事後的な付与や、将来の入社予定者への実質付与が可能です。

信託型SOは低めの価格で発行されるため、付与された者は上場などで企業価値が上昇した後に権利行使して株式を取得し、市場で売却すると大きな利益を得やすい。現時点で入社していない役員・社員でも業績などへの貢献度に応じて後から付与することができます。オプション価値に相当する購入資金は、従業員は負担せず、信託への拠出時に大株主(概ね創業社長)が負担します。

同時に一定の期間が経過した後にストックオプションの対象者・配分等を決定することとなるため、当該期間までの役職員の実際の貢献度を考慮することが可能となります。

ダウンサイドとしては、導入時のコストが高額な点が挙げられます。「時価発行新株予約権信託」スキームを構築、アドバイスできるコンサル会社はプルータス1社とも言われており、このコンサルティング費用が発生します。1000万円を超えるケースもあるようです。発行する企業はこの費用をカバーできるスケールメリットを表現する必要があります。ただ、今後この制度自体が普及してくれば導入コストは下がると予想されます。 

「発行時において、対象者・配分等を確定しなくてよい」ということは、逆にいうと、「発行時には役職員に確定的に帰属していない」ということになります。付与する側が事後調整をかけられるため、付与側を優位にする制度であることは間違いありません。付与する側に公正な判断基準と良心をもつことが含みにされていると感じられます。シビアな考え方をする従業員はそれに期待せず、他の職を探す行動をとることを促してしまう側面もあるでしょう。仮に僕が役職員として付与されたとしたら「存在しないもの」と考えると思います。お金が絡んだとき人間の良心など信じるに足りません。そして評価というものは常に主観的になされるからです。

信託型SOは会計士、税理士、法律家の他、助言してくれる専門家の皆様にプレゼントしたいな、というときに有効なケースが有るかもしれない、という考え方をしています。

ベスティング

従業員等の在籍期間等に応じ行使期間中における従業員の権利行使可能数を段階的に引き上げることを指します。具体的には、各付与対象者の入社からの在籍年数に応じるもの、新株予約権発行からの経過年数に応じるもの、株式公開後の経過年数に応じるものなど、いくつかのパターンが見受けられます。このようなベスティングの条件は、全対象者一律の内容として規定可能なものであれば新株予約権の「内容」に盛り込むことも可能です。

対象者毎に条件を変えるケースがあります。その場合には新株予約権の付与契約の方に規定を入れることになります。日本の実務では、前述のとおり従業員等の地位の保持が行使条件とされ、かかる地位の継続保持を前提として、一定の経過期間に応じた行使を認める形のベスティングが一般的です。米国のストックオプションでは、退職までの在籍経過期間等に応じて、付与数の一定割合を退職後も行使できるようなベスティング条件が設定されるケースが多いそうです。

M&A

買収企業の視点からみて、特に被買収企業を 100%子会社化することを想定しているような場合、被買収企業が発行していたストックオプションが買収後に行使されると、100%子会社化が実現しません。そこで、このような場合には、被買収企業が発行していたSOを買収前に整理する取引をすることになります。ホルダーが税制適格SOを買収企業に譲渡するときの税制適格が担保されるのかいなかはふたつの国税コメントがぶつかっており、不透明です。

M&Aのときに役職員に付与されたインセンティブが失効してしまう設計にしてはいけません。このコーナーケースをなくしSOを設計する必要があります。特に発行から2年経っていない税制適格SOの扱いなどについては深い検討が必要です。

従業員のためのガイドラインを設ける必要性

Y Combinator卒業生のGustoは”guide to employee equity” を作ったそうです。Gusto CEOのJoshua Reevesは従業員のSOの理解が少ないこと言及しています。

このガイドは、私が作成して社内で共有したドキュメントに基づいています。 多くの従業員は、ストックオプションの価値と財務上の影響を理解していません。 このことは混乱を招く可能性があるので、私たちが行うべき正しいことは、私たちの成功の最大の利点を得るための知識を従業員に与えることであると感じました。 このガイドの概念は、基本的に私が従業員にオファーをしたときに経験したことであり、それが他の起業家にも役立つことに気付いたことです。

どうやら付与したSOが実際にどの程度の株式に相当することになるか等、とても基本的なことから教育が始まっている印象です。

最初のものは実際のオファープロセスに関するものだと思います。 多くの場合、人々は自分の持分の詳細を知らないので、すべてのオファーで伝達する必要があることが3つあります。 人々は彼らが提供されている株式の数を知る必要があります、彼らは彼らの株の価格を知る必要がありますそして彼らはまた会社の評価または会社の発行済株式数を知る必要があります。 それらは、他のものを計算することができます。

理解してもらえないと誘因としての効果が薄まります。世界は本当に複雑で誘因に反する行動をとる役職員も現れるはずで、会社のメカニズム設計が歪んでしまうでしょう。

ソフトウェア・エンジニアには『SOFT SKILLS ソフトウェア開発者の人生マニュアル』を読んでもらうことから始めてもらいましょう。

自分が現段階で想定する手筋

リスクに応じて初期の参加者には生株、中期後期の参加者にはストックオプション(SO)という構成を想定しています。

生株に関しては無議決権株式か議決権を創業者の私に無期限で付与する形式を採用できないか検討しています。つまり株式が付与するものをキャピタルゲインに絞ります。理由としては、議決権が断片化すると意思決定の速度が鈍化してしまう可能性があり、また取締役会への”脆弱性攻撃”の誘因が増す可能性もあることが挙げられます。

生株の分配においての課題は、分配された参加者が一定期間の後にチームから離脱するケースへの対応です。離脱者の株は創業者の吉田が買い取ることを、契約書において規定します。買取価格については付与から年数、離脱する理由の合理性の有無等に応じて場合分けをし設定します。この条件に関しては公開しませんので、吉田と話してみてください。

SOに関しては専門家を交えて税制適格のものを設計する予定です。初期においては無償SO、中期においては有償SOを付与することを予定してます。税制適格であれば、譲渡税の20%の課税にとどまります。両者ともにベスティング(Vesting)を採用します。新株予約権の付与から1年ごとに付与新株予約権数の25%ずつの行使を認めていきますが、前述の通り無償SOの場合は2年以内の行使だと、税制適格から外れてしまうので、「2年以内の行使はできない」の条項を入れる予定です。

感想

  • メルカリ、Fincの例を見てみると、当初は無償SO、会社の将来性が明るくなり始めたころから有償SOへと変化しています。有償SOを買う蓄えがない人には給与の一部から天引きするなどのスキームを作ってあげるといい気がします。
  • 僕はまだ正式に事業を開始する前ですが、SOは資本政策の重要な一部であり、資本政策ともに綿密に計画することが肝要と考えるようになりました。その「不可逆性」と保有者をインセンティヴァイズするための教育には細心の注意が必要です。私は学部で経済学を学び、8年程度の職歴のなかでも経済学の学習を続けてきたので、従業員が誘因に適切に反応するという想定を持っています。そのため経営者目線ではなくむしろメカニズムデザインの観点でストックオプションの設計を行いたいと考えています。
  • いいSOを設計して”Skin in the game”(身銭を切ってゲームに参画する)を実現させましょう。

参考になった書籍、記事

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