デジタルエコノミー研究所

”経済紙のNetflix”を作っている起業家の日記

”IPO or M&A ?” の問に答えるために読んだ6冊

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"Aprovação do MROSC na Câmara dos Deputados"by Marco Regulatório das Organizações da Sociedade Civil . is licensed under CC BY 2.0

会社をやるにつけ、うまく行けば上場、万が一のときには事業売却するというシナリオを描いていた。僕がしていることは、大きなテクノロジー企業の「将来の一製品」になりそうなものを開発し売却するというプロジェクトではない。新しいものを作り、社会の中でそれに価値を宿らせることだからその価値を本物にすることだけを考えていた。

でも、お金を集めるためのお話をするときには「IPO or M&A ?」と聞かれるが常だった。最初期にどちらに目標を定めるかによってかなりルールブックが異なるようなのである。なるほど、”なんらかの状況”があるのだなと僕は理解し始めた。

さてこの状況に直面した僕は、二つの方針を持った。一つはこのブログでも書いたように「できるだけ早く事業スコープをアジアに広げる」ということだ。「スーパーファミコンだと思って買ったゲーム機がメガドライブだったけども意地でもスーパーファミコンを買うぞ任天堂!」という考え方だ。これは僕の人生のプレースタイルを物語る手口であり気に入っている。

taxi-yoshida.hatenablog.com

もう一つはメガドライブを改造してドリームキャストにすることである。僕はデイトレーダーの玩具にされない会社をIPOをすることを目指すことにした。自分が実現したいことを満たすのは、M&Aを見越した事業開発ではなく、IPOへの道しかないのだから。上場するのは必ずしも東京の証券取引所である必要はないが、まあ現実的には東京の可能性が高くなるかもしれない。「IPOを制するものがゲームを制す」のである。待ってろよ山王工業!

ということで、GWでもあるし急がばまわれ。図書館に行き関連書籍を漁ってみた。

 IPOをやさしく解説! 上場準備ガイドブック(第3版)

IPOをやさしく解説! 上場準備ガイドブック(第3版)

IPOをやさしく解説! 上場準備ガイドブック(第3版)

 

これは流石にやさしすぎた。第3章の事業計画に関する内容については、三版重ねている古い本というのもあるが、この事業計画が現実世界でワークすることは全く考えがたいぞ、という感想を持った。だけど第4章、資本政策についてはやはり専門家だなという印象だった。経営者が決めるべき事項としてこんなことがある。

  1. 安定株主対策
  2. 資金調達
  3. インセンティブプラン
  4. 創業者利益
  5. IPO 後の株主像

なかでも、3. インセンティブプランについては明確な方針が必要だ。IPOにはそれまで潜在的だったSO等のインセンティブを本当のことにするという意義もある。僕の戦略はシード期は生株(common stock)をインセンティブとし、Series A以降の参画者にはSOを活用する。SOに関する方針はシリーズAを行う前に確定しているのが好ましい、という感じだ。

最近は信託型SOが流行しているようだが、僕はインセンティブ後出しジャンケンできる仕組みは関心しないので、仮に信託型SOを使うときは最初に付与する株数を確定させたい。行使価格を信託時のままにしておけることと役職員の税制上の利点が好ましい。ただし、これを生成するためのコンサルティングフィーが高いのが課題である。

信託型SOの利点を生株と組合で表現する手段を磯崎哲也さんが指摘している。まだ実例がなく”枯れていない”手法だがシンプルで好ましい印象を僕は持っている。

僕の会社は早期のアジアへの進出とアジア人の雇用を見据えているので、SOのクロスボーダー対応が必要になるはずだ。SOをもらい日米で二重課税の状態になった人の話を聞いたことがある。

4. 創業者利益。創業者利益とは、その大部分は絵に描いた餅である。キャッシュではなく、株価×株数のバーチャルな資産である。上場時に創業者は持ち分の5−10%程度株を売れるみたいだけど、僕はそうするつもりはない。

キャッシュリッチになりたければ、事業売却を見越したスタートアップ運営を選んだ方がいい。僕は自由になれる程度にはお金がほしいけど、そこまで金だけがほしいわけでもなくて、それを満たそうとすれば、いままでたくさんの選択肢があり、いまでもいくつかの選択肢がある。だが実際にはそれを選んでいないのだ。あまりワクワクしないからだ。

僕には目標があり、目標を実現する手段として、いままで嫌いだった資本主義を活用することが効果的だとわかったからそうしているわけである。

https://axion.zone/our-vision-japanese/

この1冊ですべてがわかる 経営者のためのIPOバイブル 

この1冊ですべてがわかる 経営者のためのIPOバイブル

この1冊ですべてがわかる 経営者のためのIPOバイブル

 

IPOを目指す企業の成長戦略-株式上場で飛躍する企業のためのハンドブック

この2冊がかなりためになった。詳細に記述された実務的な書籍であり、経営者が知るべき最大限の範囲をカバーしてくれている。よりIPOを意識するタイミングの際に前もう一度深く読み直そうと思った。

松本大さんの書籍では、精神論的な部分も書かれていた。松本さんはIPOの主幹事などで上場をビジネスにしているが、同時にマネックスを上場するという経営者側の立場に立ったことがあるので、響くものがある。

IPO実現へのあくなき意欲

成せば為るや、意思なきところに道はなし、という諺がありますが、IPOをやり遂げるのだという強い意欲は、最も重要な前提条件と思われます。筆者はこれまで技術的プロセスを中心に述べてきましたが、最後はいわゆる気合であり精神論も重要性を帯びることをまったく否定しません。実際、上場への過程はうまくいかず期待通りに’進まないことの連続であり、かつ長期にわたることも手伝って、もうだめかという暗い気持ちになることは多々あります。

そのような場合は深刻にならず、IPOを思い立ったときの考えであるとか、これまで対応してきた過程を思い出して、予定通りではないものの進捗していることを再認識する時間を持つべきです。そうすることで、IPO実現への飽くなき意欲が復活することでしょう。

IPOまでの役職員株

IPO以前の役職員に生株を付与した場合、議決権を吉田に委任する株主間契約を結ぼうと考えている。 

上場後も、20~30%を保有していれば、実質的に会社支配を行うことも可能であり、もっと少ない比率で事実上の支配株主となっている場合もある。つまりIPOの前段階で、役職員20~30%の状態を作るべきであり、欲を言えば、特別決議を拒否できる33.3%以上を保有しているのが好ましいだろうか。

business.bengo4.com

やり方はいろいろある。創業メンバーの株式が希薄化しても創業メンバーの会社支配権を守る手段は存在する。

提携先企業に無議決権株式の優先配当株式を発行したり、創業メンバーだけに過半数の取締役を選任することが可能な種類株式を発行することで、創業メンバーの会社支配権を守ることが考えられます

議決権の異なる種類株(議決権種類株式 = Dual class structure)の採用は、将来の投資家と話し合うべきものだろう。Googleの例が有名だが、他方Snapchatのような極端な例もある。シード期にはこれを考えるのは早すぎるが、Series Aまでには一定の結論を持っていていいと考えられる。 テクノロジー業界というのは波乱万丈であるわけで多分敵対的買収を避けるためにもIPO以前には深い議論が必要になるのは間違いがない。

コスト & スモールIPO

お次はIPOのコストを考えてみた。上場コストと上場維持コストがかかる。維持コストはどんなに少なく見積もっても年間1億円はくだらないと言われる。これに見合うメリットをIPOが提供していないといけない。時間についてはどうだろうか。証券会社と証券取引所の審査には上場を目標とする月の三期前から取りかかる必要がある。とても長い道のりだ。シード投資以前のいまからそこまで数年は絶対にかかるだろう。経営・業務管理体制の整備が求められるが、これは大企業病への一歩のような匂いもする。

日本は時価総額が50億~100億円でも新規株式公開(IPO)ができる。いわゆるスモールIPOだ。だが上述したIPOのコストを勘案すると、十分な規模とビジネスを持って、少なくとも300億~500億円の規模のIPOにしたいだろう。

独立系VCがアーリーステージに力を注ぐようになっている。ミドル以降では、事業会社やCVCの存在感が増している。機関投資家のマネーが日本のVCにも注がれるようになり、スタートアップには日本国内での資金調達の選択肢が増えている。そのため、日本単体で考えたとしても、かつてのような早急なIPOを目指す必要はなくなりつつあるかもしれない。

国際的にはPEや機関投資家等の本来上場株を扱っていたプレイヤーが一部の大型スタートアップのレイターステージに参画するようになっている。Vision Fundのようなケタが違うプレイヤーすら現れている。

つまり、最高のシナリオは早急なIPOではなくPre-IPOを長期に続きながら企業価値を拡大していくことである。このロングタームのゲームを戦うことを予期するのならアーリーステージの希釈化にはかなり慎重になる必要がある。自分としてはYコンビネータが定義する25%以下の希釈化で切り抜けたい。 

上場後に訪れる第2の死の谷

レオス・キャピタルワークスの藤野 英人氏さんは「上場後に訪れる第2の死の谷」があると指摘している。

それは時価総額100億ないしは200億円以下の企業ですと、なかなかアナリストがカバーしてくれなかったりして、そこの時価総額帯が真空地帯になっているのです。

そのため、上場はしているけれど、資本調達がしにくいということがあります。

ここをどのように突破するかというのが非常に重要です。

そのためには、「第2の死の谷」を上手く抜けていった会社というのは、実はIRで(株価を)多少割高になりながらも、注目を集めることで上手に資本調達をして、生き延びたという会社が多いです。

industry-co-creation.com

おそらく上場ゴールの会社はこの谷を乗り越えないのだろう。もちろん上場してしまったほうが生き残りやすくなるケースもあるようなので、この谷を越えずともその会社としてはやるだけやったと評価できることもあるのだろう。ただ、この谷の存在を最初から知っているのならそうならないようにするのが正着なのは確かだ。ということでスタートアップにはIPO以降が重要になってくる。

Post IPO

Post-IPOスタートアップの状況についてはこの記事が詳しかった。

Signifiant Style 小林 賢治 ”Post-IPOスタートアップが直面するリスクマネー獲得の課題 —日本の株式市場のあり方に関する試案— Vol.3”

signifiant.jp

日本ではIPO時の公開価格が非常に低く抑えられる傾向があり、また売出しの規模も小さく留められる。同時に市場側の要因を加えるとこのような傾向があるようです。引用します。

マザーズ上場企業のIPO時の平均調達額を示したものですが、5億円前後と非常に低い規模に収斂している

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東証 ”市場構造の在り方等の検討に係る意見募集(論点ペーパー)" https://www.jpx.co.jp/rules-participants/public-comment/detail/d1/nlsgeu000003pz9u-att/nlsgeu000003qgkg.pdf

売買回転率が高いことは、一見すると流動性が高いという意味にも思えますし、ポジティブにも見えます。一方で売買回転率は、一部の投資家が高頻度に売買を繰り返す状況でも数値が高くなります。マザーズの場合、創業者の持分が高く、市場に出回る株式の比率が低いにも関わらず、これだけ売買回転率が高いということからは、一部の投資家たちの間で少数の株式が高頻度に取引がされていることが推測されます。これがデイトレーダーなどの個人によるものなのかどうかは明言できませんが、少なくともマザーズが「突出して短期志向の投資家向け」の市場であることは間違いありません。

つまり、スモールIPO銘柄は、ビッグプレイヤーの目には止まらず、個人投資家、特にデイトレーダーの投資対象になってしまっている。

続編の以下の記事によると、ロングオンリー投資家を呼び込むためには「魅力のある発行体企業」であることが重要だけど、それだけではなくてオファリングサイズが必要だ、と小林賢治さんは指摘している。ロングオンリー投資家は1社に対して数十億円前半(数百億円の時価総額の会社の5%程度)の規模で投資する。その受け皿になるには、100億円以上のオファリングサイズが必要になる。同時に主幹事証券会社がロングオンリー投資家を呼び込むカスタマイズされたサービスを提供する気になるのが”100億円以上”からだとも小林さんは指摘している。

signifiant.jp

グローバルの超大手機関投資家も日本に触手を伸ばしている。ラクスル上場の9ヶ月前にフィデリティが5%超の大株主になっていて、Sansan社が、ティー・ロウ・プライスからの出資を受け入れている

以上を踏まえると、改めて問うべきは、発行体企業であるスタートアップ経営者の努力が足りているのかという点です。自社の資本戦略を長期的に考え、上場後の新たな長期目線の株主を探し出し、既存株主からうまくバトンを渡すという努力を、発行体企業の経営者は真摯に取り組んでいるのでしょうか。

つまり、スタートアップのPost / Pre IPOの状況は変わりつつあり、それをレバレッジする強い意思があれば、その機会は十分にあると予想する。だから強い意思をもとうと僕は考えている。

長期的視点のリスクマネーがほしいなら、IPOを急がずに、シリーズを数珠つなぎにしていくべきだと思った。そのためには継続的な企業価値の拡大が必要だ。日本では企業価値について数理的なアプローチをする人が少ないせいか「このカイシャの売上はいくらだ。だからこれくらいだな」に収斂する傾向をなんとなく僕は感じている。日本の実務の現場ではビジネスの評価の仕方が、短期的な損益計算書(PL)に意識が集中してしまった形でなされているかもしれない。

で、Signifiant Style を運営するシニフィアン朝倉祐介さんが出した『ファイナンス思考』がこの状況を詳細に説明している。よく考えると極めて当たり前のことなのだが、群衆が超短期思考な「PL脳」でスタックしているのが、日本の産業界の現状らしい。それは自分の経験とも合致する。

企業価値とは非常に南海ホークス(難解)なものである。ここは数理ファイナンス屋のプロの出番なんだと思いまっせ(お頼み申します)😉僕はこの本をざっと読んだだけで、もっと数理よりの書籍をぱらぱらめくってみたら難しすぎて笑ってしまった。

企業価値評価 第6版[上]―――バリュエーションの理論と実践

企業価値評価 第6版[上]―――バリュエーションの理論と実践

 

あと、値付けで手っ取り早くて理論的裏付けがある有力な方法はオークションだ。僕はICOに注目しているけど、その理由のひとつはオークションの実践だからだ。オークションの難しいところは、古典的な取引方法と同様に胴元にも買い手にもイカサマをする余地がたくさんあることであり、ICOの短期的な失敗の理由の1つはそれであるのだが…。

感想

IPOを目指す会社の創業者になるということはある種の「生贄」になることを意味している気がした。IPOまで最短でも数年。長い期間そのプロジェクトとともに生きていくことが求められる。興味深いことに、サラリーマンを2社やってずっと自分の目標を実現することを考えてきた自分にとっては、この生贄になることはすでに織り込み済みの状況のように感じられる。また、僕のモチベーションの構造上南海ホークスな(難解な)ゲームが続かないと飽きてしまう(いい大学から大企業に就職する、年功序列、終身雇用はその典型)からピッタリ。

資本政策においては、企業価値をどう算定するかが非常に重要なのだが、ここはサイエンスとアートが混じり合うとても難解なものなので、GWということで掘り下げたい。あと、望ましい形で企業価値を上げながら資金調達した日本での例の検証をやろうと思った。7300字を超えたので今回はここで終わり。