デジタルエコノミー研究所

”経済紙のNetflix”を作っている起業家の日記

#3 優先株 スタートアップ起業家が資金調達前に調べてみた

前回のこの記事では、種類株式の話をしてみて、今回は優先株について調べてみようと思いました。「優先株」というのは、普通株に対して特定の権利を追加で有し、投資家により有利な条件で発行される株式のことを指します。

増島雅和さんのStartup Innovators『優先株式の基礎』が明快な説明だと思いました。増島さんは優先株のスコープを以下の4点に定めています。

  1. 創業者のフリーライド防止(投資家の優先権確保)
  2. ストック・オプションの実効性確保
  3. 稀釈化防止(優先株式の価値の維持)
  4. スタートアップのモニタリング等

優先株式を採用する最も主要なモチベーションは1です。

同時に優先株主の権利を保全するための「装置」が組み込まれています。優先株主の権利は、新株発行によって希釈化されるため、投資家は経営陣による一定の新株発行を防止するための規定を設けます。投資家は他にも普通株主と経営陣が優先株主の権利を害するさまざまなケースを想定し、優先株の付帯条件を設計します。それは、会社資産の流出、優先権の劣後化、経営陣の私的利益、経営陣によるリスクテイク、経営陣によるアーリーエグジットです。それぞれこれらを防止する条件があります。詳しくは『優先株主の権利の毀損とそれに対応する契約上の規定』(喜多野 恭夫)を参照ください。

残余財産分配権

残余財産分配権は、ベンチャー投資で用いられる優先株式の権利の中でも、最も重要なもののひとつです。

この優先株式は「参加型」と言って、分配額が増えれば増えるほど、株式数に比例してたくさんの分配を受けられるようになっています。たとえば残余財産が10億円の場合には、先に優先株主に2億円を分配したあと、残りの8億円を、創業者と投資家の持株比率で分配することになります。

これが優先株の核となる部分です。こういう条件になっているからこそ、投資家は、リスクの高いシードステージやアーリーステージのベンチャーに対しても、思い切った額を投資できるわけです。

ただし、精算時の残余財産が、投資された資金の総量を上回る場合、最初に投資額を優先株主に戻してから、持ち株比率で分けるスキームをとると、誤差が出ます。残余財産の規模が大きければ大きいほどその誤差は許容し難くなってくるはずです。『起業のエクイティファイナンス』磯崎哲也)では分与の仕方として「AND型」「OR型」「3倍」などを紹介しています。詳細は書籍に譲りますが、私は「OR型」を好みます。優先株主が投資額を保全した後は、普通株主と同様の分配に沿ってもらうのが最もフェアだと感じます。アーリーステージ投資家にとっては「AND型」「3倍」(投資額の3倍に対する残余財産への優先権)で、麻雀で言うところの「ドラが乗る」のが嬉しいのかもしれませんが、優先株の目的は「OR型」で満たせます。「AND型」でドラを付ける必要はありませんし「3倍」に関してはドラがのりすぎです。これは資金調達を経験する前である現段階での個人的意見です。

ストックオプションの実効性

ストックオプション普通株への転換が規定された新株予約権です。ストックオプションを割り当てるとき、投資家に対して優先株式ではなく普通株式を発行した場合、おおむねストックオプションの行使価格は、投資家に対する普通株式の発行価格よりも高くなければ税制適格要件を満たしません。これはストックオプションホルダーのキャピタルゲインの圧迫要因になります。

優先株普通株よりも高い価格でも取引されても良いというのがシリコンバレーでは一般的になっています。ストックオプション普通株に転換するときの価格を、その時点での優先株価格よりかなり低く設定することも可能になっています。ストックオプションのホルダーのキャピタルゲインを大きくし誘因の作用を高めます。これを優秀人材確保のために活かせるはずです。日本でも経産省のサイトで種類株の取引価格を普通株の価格とはしなくてもいいということが確認されています。

希釈化防止

3の希釈化防止では種類株における転換請求権が活用されています。転換請求権はいわばダウングレード請求権です。Startup Innovatorsの『転換請求権 (2/2)』で増島さんはこう説明しています。

A種優先株主としては、このような株式価値の低下が自らのあずかり知らないところでB種優先株主の引受投資家と創業者との間で決められてしまってはたまりません。そこで、A種優先株主は、このような形で自らの株式の取得価額よりも低い価額で新規投資が行われる場合には、その時点のA種優先株式の転換価額を下方に調整し、普通株式転換ベースでの株式数を増加させることで、保有株式の価値の維持を図ることを考えます。このための仕組みが稀釈化防止条項(Anti dilution provision)と呼ばれるものです。

希釈化防止条項には以下の三種類があるそうです。

① フルラチェット方式(Full Ratchet Adjustment) ② ナローベース加重平均方式(Narrow-based Weighted Avarage Adjustment) ③ ブロードベース加重平均方式(Broad-based Weighted Avarage Adjustment)

この話は細かいので、リンク先にも詳細な説明がありますし、もっと知りたい人はぜひ自分で調べてみてください。正直、自分が調べた限りではどれがベストプラクティスかはわかりませんでした。「何をもって正当とするべきか」はやはりとても主観的なものなのです。

強制転換条項

優先株には一定の条件が成立したときに会社の決定によって優先株を一斉に普通株に転換することができる旨の条項が含まれています。会社法では取得条項と呼ばれます。強制転換条項が発動する条件としては、IPOと経営悪化時が考えられます。優先株式が残存している状態でIPOを行わないのが現実的であること、会社の経営状態が悪化したときに、一度すべての優先株式普通株化した上で新たな投資家を募ることがこの条項に含意されています。

普通株への転換は比率1対1が通常のようですが、転換する株式数に細かい調整を付けるケースがあるようです。正直、余分な労力を割いているのではないかというのが現時点での僕の感想です。

拒否権

それを防ぐためにさまざまな”防衛手段”を優先株の中にビルトインしておくという考え方があります(優先株主の権利保護のための拒否権(Protective Provisions)(1))。

拒否権はそのひとつで、投資家に一定の重要事項に拒否権を持てるようにします。拒否権の適用範囲が広ければ広いほど会社運営が大変になってきます。新株発行やM&Aなど優先権を脅かすのに十分なものに絞るのが好ましいとされています。

タグアロングとドラッグアロング

タグアロング(Tag Along right)は特定の株主が株式売却の際、他の株主も同条件で買い手に売却する権利を指します。「あなただけ売り抜けるのはずるいから一緒に売却させてね」という感じ。大株主が大きな影響力をもっている場合、当該大株主の離脱は企業価値に大きな影響を与えるため、少数株主が大株主の売却条件と同条件で買手に自己の株式を売却するケースはひとつの典型です。この場合は少数株主の保護が目的とされています。

ドラッグアロング(Drag Along right)は大株主の株式売却に際して、他の株主も同条件で売却をしなければならない条項をさします。典型例としては、優先株主の総議決権の3分の2以上の承認等の一定の要件を満たす場合に、他の株主に対して買収に応じるべきことを請求できる権利があります。大株主が事業売却案などを即時的に実行すべきと判断した際に即時的に実行できるので、機動性のメリットがあると考えられます。この条項が盛り込まれるというのは大株主への信頼が優先株主の間で確立していることの現れにも見えます。

汐留パートナーズグループCEO 公認会計士前川研吾のブログの『タグアロングとドラッグアロング』では、「タグアロングは権利であり、ドラッグアロングは義務であるということが、両社の大きな相違点です。いずれも、投資家株主間の問題として、「少数株主の保護」と「大株主(支配株主)のエグジット」を調整し実行するための権利調整です」と説明されています。

役員選解任権

文字通り、優先株主が◯人の取締役を選任、解任する権利です。投資先を多数抱えるアーリーステージ投資家の場合、コストがとてつもないのでむしろ付けない、という考え方をするのではないかと推測します。好ましいスタートアップの選定に時間を割いて、逐次取締役会に参加するコストを無くすようにするのではないでしょうか。

優先株のコスト

優先株を発行した場合、会社は種類株主総会を通常の株主総会とパラレルに開催しないといけません。開催は成長期にあるスタートアップにとって大きな負担となります。この開催を忘れていたことが上場審査においても問題になるケースがあったそうです。種類株主総会については『種類株主総会はどのように運営すればよいか』(高谷裕介 弁護士)が詳しいです。これが優先株発行の主要なコストであり調達資金の多寡によりコストを許容できるかいなかが異なるそうです。

猪木俊宏さんは 『優先株の普及と問題点ーースタートアップ目線で考える最近のシード資金調達(1)』で「シード投資において優先株を利用するのは、種類株主総会の負担と開催忘れリスクを考えるとまだ難しいと考えている人が多いのが現状です」と主張しています。猪木さんは『シード期における優先株利用の可能性ーースタートアップ目線で考える最近のシード資金調達(3)』では、こう説明しています。

現在でも、普通株での投資を行うシード投資家は少なくありません。その理由は、普通株での他の投資方法に比べて圧倒的にシンプルであり、起業家・スタートアップと投資家双方にとって理解しやすく、事務的・費用的な負担がかからないことが基本であり、特にエンジェル投資では、投資契約(株主間契約)も締結されず、登記に必要な書類のみで投資されるケースも多く、シンプルさは際立っています。

優先株をシード期に用いることは、スタートアップにとっていくつかの問題があることは、第1回で見たとおりです。その中で残された最大の問題は、現在のところ、種類株主総会開催の負担と開催忘れリスクによる上場審査への影響ですが、これを軽減する環境が整えば、シード段階でも優先株が利用されるようになる可能性も高いと考えられます。

シリーズA以降で優先株の利用が進んだことにより、当然、種類株主総会の開催事例も増加しており、実務的な知見も蓄積してきています。

スタートアップにとっては、種類株主総会の開催を含めた事務的・費用的な負担を受け入れるだけの金額を調達できるか、という点が重要になると猪木氏は説明します。

現時点で調達金額と優先株の利用について、スタートアップ目線で大雑把にいうと、1億円以上の調達は優先株で問題ない、5000万円以上1億円未満はケースによる、3000万以上5000万未満は優先株を使うのはケースによるが基本的にはやや微妙、3000万未満はかなり微妙なので基本的にやめた方がよい、という感じですが、今後種類株主総会についてのノウハウがまとめられ、かつ、シード期にふさわしい優先株の設計がなされれば、シード期において優先株が利用される事例が増加する可能性も高いと思います。

コメント

投資家のリスク防衛、経済的利得の最大化のためのスキームだと僕は感じました。起業家の中にはモラルハザードをする人もいるのでしょう。起業家の僕としては、この条件群は好ましい企業価値評価とセットならフェアになりうると思います。私も実戦を践んでいないのでなんとも言えませんが、実戦で目にする優先株については「善意の第三者」となりうる法律家のレビューを受け、自分自身でも深く読み込まないといけないでしょう。実戦を践んだ人の多くはNDA等で縛られていて何も語れないことが多いので、このように推測しています。

自分のプロジェクトは自己資金でコンバーティブルエクイティが好ましい段階を越え、投資家が好むのなら優先株を採用する、というレンジにあると想定しています。

「僕が考える最高の優先株」を一度作ってみたいです。

  •  盛り込まれる条項については、シンプルなものに留め、リガールコスト、オペレーショナルコストを削減する
  • 信頼できる可能性が高い人と取引をする
  • インセンティブの一致が信用できる人と取引をする
  • いいアドバイザーを見つける

これらのことに留意していきたいです。