デジタルエコノミー研究所

”経済紙のNetflix”を作っている起業家の日記

#5 信託型ストックオプションとRSU(譲渡制限株式ユニット) スタートアップ起業家が資金調達前に調べてみた

TL;DR

信託型ストックオプションはやめておけ! 特殊な条件が揃わない限り悪手。上場後のインセンティブとしてならRSU(譲渡制限付株式)もあるぞ!


以前、この記事でストックオプションの種類について整理してみました。

taxi-yoshida.hatenablog.com

この記事の執筆時の結論としては、僕のスタートアップでは初期は税制適格無償ストックオプションを発行し、中期以降は有償ストックオプションを発行するのがいいよね、です。しかし、仮に信託ストック・オプションを掛け合わせたらどうなるのかというのが気になっていました。そのときの理解は雑で「信託というラッパーをかませた有償ストックオプションで、信託した金銭に法人税40%が乗るやん」というものだったのです。ということで、さあ深掘りしていきましょう。

信託ストックオプションとは?

もう一度整理してみると、信託型ストックオプションとは、発行時点の比較的安価な行使価額の新株予約権を、将来に渡って配布することができるスキームです。信託設定の際に大株主(概ね創業者)が金銭を贈与し、受託者が受贈益課税を受ける、というスキームです。

通常のストックオプションは発行時の社員にのみ配布することができます。したがって急成長している会社は何度も何度もストックオプションを発行することになります。

この煩雑さを付与対象者および付与規模を『後決め』することで克服できます。同時にこのスキームが好ましいと考えている人は、その付与について「個人のパフォーマンスを考慮した事後的な付与や将来の入社予定者への実質付与が可能」と説明します(ここが大きな争点になります)。

法人課税信託

信託型ストックオプションには2つのコストが存在します。ひとつは先にも触れたとおり、40%に及ぶ法人課税ですが、これはなかなか興味深いのです。

www.kabushikikoukai.com

この記事が参照する『松田良成・山田昌史、「新株予約権と信託を組み合わせた新たなインセンティブ・プラン(上)、旬刊商事法務No2042 62頁-63頁』によるとこの通り。

① 委託者となるオーナーが、信託銀行と信託契約を締結し、金銭を信託する。

② 受託者たる信託銀行は、信託財産である金銭を、有償新株予約権の払込資金や税金の支払等に使用する。

③ 信託銀行は、信託契約に定められた受益者確定手続が完了し、将来の一時点における従業員等に有償新株予約権が交付されるまでの間、これを保管する。

④ 信託銀行は、信託契約に定められた受益者確定手続が開始された時点で、予め定めた条件に基づき、発行会社の従業員等の受益者を確定する。

⑤ 信託期間満了日をもって、受益者確定手続を完了した従業員等は信託受益権を取得する。

⑥ 信託受益権を取得した従業員は、信託期間の満了に伴い、ただちに有償ストックオプションが交付され、これに伴い、信託受益権は消滅する。

詳しくは社団法人信託協会のこちらの記事の「受託者に発生時に法人税が課税される信託」を参照してみてください。

www.shintaku-kyokai.or.jp

受益権をもつ受益者または”みなし受益者”が存在しない信託は、法人課税信託として取り扱われます。つまり、このストックオプションのスキームでは法人課税信託に該当するということです。ただし、発行者が有償部分が極めて僅少になるように行使条件を設定すれば、40%の法人税が課せられても少額の出費に留まります。ここが税制的に”おいしいところ”です。

リーガルコスト

もう1つのコストが存在します。信託を組成するためのリーガルコストです。ダウンサイドとしては、導入時のコストが高額な点が挙げられます。「時価発行新株予約権信託」スキームを構築、アドバイスできるコンサル会社はほぼ1社に限られるとも言われており、お高いコンサルティング費用が発生します。1000万円を超えるケースもあるようです。

会社の得損

この二点を勘案したとき、会社が成長基調で、ストックオプションの行使価格がぐんぐん上がってしまいそうで、将来的に優秀な人材をどんどん獲得したいとき、コンサル料を勘案しても税制上は安上がりになるはずなので、採用を検討したい気もするのですが、しかし看過できない点があります。

社員に対し不公正

シバタナオキさん(@shibataism)のこのコメントはこのスキームの問題点を指摘しています。

https://twitter.com/shibataism/status/1074571659170856960

信託型ストックオプションは創業者が役職員を搾取しうるスキームです。スタートアップに参画した人がとったリスクに応えることを確約しないで後ろにスライドさせていく”毒まんじゅう”にもなり得ます。これを利用して「公正」にストックオプションを付与できる創業者ははたしているのでしょうか。信託型ストックオプションはフィーが高いので、フィーを貰う側の人は肯定的なことしか言いません。

例外

信託型ストックオプションが流行するきっかけが、PKSHAの上場申請書で税理士にストックオプションを信託しているのが分かってからですが、PKSHAはとても少ない資金調達の回数で創業者が高い持ち分を維持しており、社員数も少なく、社員全員に利益が行き届いた上で、上場後のインセンティブとしてストックオプションを信託しているということに留意する必要があります。上場後はストックオプションの行使価格が時価となってしまうので、ストックオプションが誘因として働きづらくなるのを見越して、行使価格を一定にできるという点を活かし、信託型にしてあるのです。この信託型を行使条件も「営業利益が280百万円を超過した場合に50%が行使可能、400百万円を超過した場合には100%が行使可能」とし、業績をトリガーイベントとしているのです。うまくできています。

www.kabushikikoukai.com

だったらRSUはいかが?

ただしこの目的の場合はRestricted stock units (RSUs)が日本でも選択肢に入ってきました。メルカリ、楽天、YJ等のテック企業がRSUを報酬として設定したからです。平成28年税制改正により、法人税法上、損金算入の対象となる事前確定届出給与の範囲に、一定の要件を満たすRSUが含まれることになっています。これ以降採用する企業が増加しています。RSUは簡単で「株をまるっとあげるけど、Vestingで段階的に渡すよ」という制度です。付与された社員としては業績好調で株価が上がれば、その分リターンが増えるので、貢献することへの誘因が生まれます。

mercan.mercari.com

https://irnote.com/n/n6a64644e47c3

発行者は既存の株を希薄化することになるので、年間の発行数は、発行済み株式の1%未満に抑える、そうです。メルカリが自社株買いしてそれをRSUにあてるということも可能なのでしょうか。

www.nikkei.com

それから税務ですが、渡された役職員からみたとき、付与時に所得課税されて、そのあと株を売却すると譲渡税がかかるみたいなことになるのかしら?

これらの会計事務所系のブログだと会社側の税務については説明がありますが、付与された側の税務は説明がありません。

www.shinnihon.or.jp

www2.deloitte.com

外資系企業のソフトウェアエンジニアマネージャーのブログだと、こんな感じです。

sdm.hatenablog.com

なお、日本に住んでいる社員が外資系企業でRSUをもらった場合、やや厄介なのが確定申告が必要になることでしょうか。源泉徴収される会社からの給与とは別に、1年のうちの特定のタイミングで株を譲渡されることになるので、RSUがVestされた翌年には確定申告が必須となります。慣れてしまえばどうってことはないですが、住宅ローンとか医療費の控除で確定申告の経験のないサラリーマンにとってはやや大変かもしれません。(中略)VestされたRSUは普通の所得として計上されるので、所得税率はその他の収入とあわせたものが適用されます。

(中略)株式などの譲渡益(キャピタルゲイン)は一律で20%の税率がかかるので(NISAが始まる前までは10%だったはず)、ここでもまた税金を払うことになります。

他にもこのような記事があるので興味深いです。

sdm.hatenablog.com

sdm.hatenablog.com

GrantからVestまでの間の居住国の割合に応じてVestされたRSUの所得税を支払うというコーナーケースも扱ってくれており興味深いです。

sdm.hatenablog.com

この人の場合は外資系なので日本企業が日本に居住する人に付与したときにどうなるのか、教えてほしいですね。所得税がかかり譲渡税がかかる、かもしれない、くらいが現時点で得られる情報です。あとは上場しそうになったら考えようじゃないか。

コメント 

信託は「後出しジャンケン」だからこれを採用するのは役職員に対して余りに公正でないと感じました。僕は起業前は”従業員”をやっていて壮絶にカモられた経験が二度あり、不透明な手法が職場環境、人間の行動、会社のパフォーマンスに壮大なる悪影響を与えているのを深く実感しました。会社で働いている間その被害を大きく受けたとも感じています。僕はこれを個人的な「恨み節」としてではなく冷静に定性的に調べた結果得られた知見だと考えています。足の引っ張り合い、嫉妬、横並び主義、出る杭は抜く……日本の雇用慣行を採用するとこういうことがわりかし起こりやすいのではないでしょうか。

Yコンビネータの資料は役職員に対する透明性は成功するスタートアップの重要な要素と指摘していました。僕のような独立自尊マインドの人は必ず役職員にいるはずなので、そういう人は信託型ストックオプションの”からくり”を見抜いた途端、「それは何でもないな」と判断して会社を辞めてしまいます。辞めた先では率先して情報の共有を行います。同時にそういう人のなかには事業に対し大きな貢献をする人が少なくありません。また、将来の紛糾の種を社内にまいておくことにもなりそうです。なんとまあ好ましくないメカニズム設計ですね😊。

難しいときはメルカリをパクっておこう。最初は無償ストックオプション、次は有償ストックオプション、上場後はRSUというのがメルカリが行ったプラクティスであり、現状の日本のベストプラクティス気味かと推測します。検討するべき点としては、ストックオプションの行使時期について「上場後」とするか「ベスティング」するかではないかと思います。僕はベスティングしたいと思います。その理由は別のブログで書きたいと思います。